囲碁エッセイ 
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ホームページをリンクしてもらいましたたくたく06年04月05日 18:27
囲碁倶楽部のホームページに私のホールムページを事務局のご好意により、リンクしてもらいました。個人の部では12人目です。囲碁以外の私の趣味で作ったものを写真で紹介していますので、興味のある方はご覧になってください。
見る順序は
1 囲碁倶楽部ホームページをクリックする
2 出てきた画面の右下のリンク集をクリック
3 囲碁倶楽部会員ホームページをクリック
4 個人の部の最後にある「たくたく」をクリック
以上の手順でみえます、他の人のも見てあげてください。
                   たくたく
 

06-0001
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プロ・囲碁と相撲とほる06年04月01日 11:49
若い頃、碁の師匠から「プロとアマの差が歴然としているのは囲碁と相撲である」と教えられ妙に納得したことを覚えています。
プロ野球では高校・大学出のルーキーが数年間の猛練習に耐えて活躍します。プロに入ってすぐ活躍する選手もいます。ほかのスポーツは良く知りませんが、相撲の世界ではこのごろ大学出がすぐ三役に入ったということは聞きません。(私が知らないだけかも)
囲碁の世界でも相撲の世界と同じで、高校・大学出の新人が、棋聖戦・名人戦・本因坊戦で活躍したということが無いようです。
囲碁の世界の頂点を極めているのは、皆小さいときからの猛訓練に耐えて才能を伸ばした方々です。
相撲はモンゴルに、囲碁は韓国・中国に圧倒されています。今、急に子どもの育成などと言い出してもどうにもなるものではありません。できることは囲碁を愛する人を増やすことです。
日本人として歯がゆい思いもありますが、数十年・数百年後に道策や双葉山のような天才が現れ、我が国のレベルを引き上げてくれるのを願うだけです。

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多摩川さん日本武尊05年10月07日 19:26
石を取ることの情勢判断について、ありがとうございました。心の片隅に置いておきます。

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お客様は神様よ日本武尊(ウミサチヒコ改め)05年09月27日 14:03
多摩川さんととほるさんの談義を聞いていて、なるほどと思いました。50目も勝ってはいけないのですね。でも、こういうのってありますよ。
つまり、中盤〜終盤で10目くらいの大石を取った、取れるとします、それでも取ってはいけないのでしょうか?10目を取る、という環境は、大概自陣は厚みを築いて、地で損している場合が多いのです。10目20目は当面悪いはずです。これを見逃すとすると、10目の大石となると、出入りで20目、強化された厚みが10・20目、これでやっと勝利が見えると言う時に、これを逃したら、到底勝てません。ですから見逃せないのです。そういう形に持って行ってはならない、ということなんですかね。

05-0014
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論語論碁コスミ05年09月19日 10:20
     (イースター島のロンゴロンゴ文字は解読不能とかいうけれど)

《論語》子曰く、学びて時にこれを習うまたよろこばしからずや。朋あり遠方より来たるまた楽しからずや。(以下略)

〈論碁〉手筋を学びて時にこれを使うまたよろこばしからずや。碁友あり遠方より打てくるまたたのしからずや。
(ネット碁はすばらしいね)

《論語》子曰く、巧言令色すくなし仁。

〈論碁〉ムダ口、へらず口にすくなし達人。(私のことかな)

《論語》子曰く、朝に道を聞かば夕に死すとも可なり。

〈論碁〉我が道を行けば、大石が死すとも可なり。(チョット違うか)

《論語》子曰く、学んで思わざればすなわちくらし。思うて学ばざればすなわちあやうし。

〈論碁〉定石を学んでも工夫して使わざれば碁に暗し。自分勝手に考えても基本を学ばざれば石が危うし。
(ズバリその通り、耳が痛い)

《論語》子曰く、利によりて行えば怨み多し。

〈論碁〉目先の利により打てば結果は怨み多し。(初心者へのいましめ)

《論語》子曰く、三人行えば必ず我が師あり。その善き者を選んでこれに従う。その善からざる者にしてこれを改む。

〈論碁〉三人と相手をすればかならず我が師あり。その善い者を選び、よくない者は敬遠する。 (私は後者です)

《論語》子曰く、過ちて改めざる。これを過ちという。

〈論碁〉−同上−(イヤミだね、毎度おなじポカばかり)

《論語》子夏曰く、小人の過ちや必ず飾る。

〈論碁〉ヘボは失着をすぐに糊塗しようとする。(早めに引き上げが肝心)

《論語》子曰く、君子は義にさとく小人は利にさとし。

〈論碁〉上手は大局に聡くヘボは小利にこだわる。(とはいってもなかなか難しいよ)

《論語》子曰く、礼といい礼という。玉帛(ぎょくはく)をいわんや。〈以下略)

〈論碁〉礼といい礼という。クリックをいわんや。(皆さんのご判断にまかせます)

05-0012
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半目勝負路傍の碁石05年08月03日 22:54
昨日の新聞(中日新聞)の囲碁欄でちょっと面白い話が出ていました。無断転載ですが
紹介します。半目勝負の時黒が最後にダメを詰めた場合盤面の地の差は偶数(黒半目負け)白が最後にダメを詰めた場合盤面の地の差は奇数(白半目負け)プロの場合は計算できているけれどそれでもやはり人の子自分の計算が間違っていて相手がダメを詰める手順にならないか儚い期待を持つこともある云々と書いてあります。
ここで黒が最後に打った場合盤面偶数差となり白が打った場合奇数差となるということは私にも理解できます。しかし半目が絡んでくると言うことがよく理解できません。
これまでの私の拙い知識では盤面の目数が決まってこれ以上変わることがないからダメを詰めるという風に理解していました。でも観戦記を読むとダメによって半目が揺れ動く様にも読めます。ダメ一つにしてからが難しいものですね。あるいは私の誤解でしょうか?どなたか解りやすく解説してくれる方いらっしゃいませんか?


05-0011
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弱気の虫ひみこ05年07月27日 09:56
 このところ多摩川さんのような『超上手』との対局を避けている。弱気の虫がそうさせるのだ。かつてはいくつ置いても「勉強するのだ」という真摯な気持ちと「ハンディをもらっているのだから上手といえど怖るるに足らず」の気概を持って対したこともあったのに、今はまるでいけない。これが2子程度なら「敵わぬまでも一太刀を」の反発心を(ほんのかけら程ではあっても)呼び起こす事も可能なのだが、『超上手』に自分の石をヨレヨレにされると、戦意喪失どころか、恐怖心にかられて逃げ惑う我が石を悲しく眺める自分に、また悲しくなるのだ。恐怖心が恐怖心を呼び、やんぬるかな、私は完全に『超上手恐怖症』に陥っている。
 かくて、今の私は対局待ちをしなくなった。この人とならなんとか碁になるかも知れないと見極めをつけた上で申し込む。雄雄しくないなあ。りりしくないなあ。そう思うものの如何ともし難く、悶々とするキョーコノゴロなのです。
 山部俊郎九段は、自分の石が攻められると快感をおぼえたとか。その心境には程遠くとも、「さすがに凄いもんだなあ」と感心したり、ノウハウを教えてもらっているんだと思えるようになりたい。あるいは良い絵を見たような感動を持ちたい。おそらく、今、私の心は微熱でも持っているのだろうと思う。それが弱気の虫を生み出したのだろうと。
 ただ、ふとこんなことも思ったりする。ある意味では、怯えたりするのは、まだ感受性を失っていないからかも知れないと。もしそうなら慶賀すべきことだ。もっと伸びる余地があるということになりはしないだろうか。エヘヘと笑ってみる。恐怖心が引きつった笑いにするが、それでも一筋の光明が見える気がする。ヨーシ、我が石にエールを送ってやろうじゃないか。
 晴れてアスピリンの効を見た時は、堂々たる討ち死にを期して、対局のお願いにあがりたいと思う。「多摩川さんは打ち倒すべき相手である」と言えるようになりたいとも思いはする。
 

05-0010
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秀行先生の「野垂れ死に」とほる05年06月24日 12:55
すさまじい本を読みました。(新潮新書)
内容は読まれた時のお楽しみにして一つだけ。

『碁打ちの多くは「勝つことがすべて」と考えているようだが、私は違う。勝ち負けはあとから自然についてくるものではないか。勝ち負けにこだわって縮こまってはいけない。こだわるべきは自分しか打てない碁を打つことだ。
碁には恐ろしいほど、人物が出る。個性、生き方、碁に対する姿勢など、その人のすべてが凝縮されて盤面に表れてしまう。それが譜になって後生に残るのだから、一局一局の勝った負けたで騒いでいる場合ではない。
今年5月、銀座で開く個展に私はこんな言葉を書くつもりだ。
<碁は無限なり、個を立てよ>。
無限の奥行きを持つ碁の中で自分の個性を存分に主張し、それを貫き通せ、という意味である。』

私たち弱い素人の碁も、もしかしたら相手の方が保存して後生に残るのかも知れません。
恥ずかしい碁を延々と打っていてはいけないと叱られているようです。「弱くても自分の碁を打て、習ったばかりの定石にとらわれるな」と叱咤激励されているような気がします。

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天敵・多摩川さんのアドバイス2についてとほる05年06月12日 10:39
1.前世の因縁ならばしかたがない。ひたすら負け続けて功徳を重ねよう。多摩川さんのおっしゃるようにいつか転機が来るかも知れない。いや来なくても良い。前世の因縁なのだから。でも残念なことに、凡人には前世が全く分からない。すばるさんを見習って道元でも読むか。でもさっぱり理解できないだろうな。
2.お得意さんを大事にしよう。あまり勝ち続けてはいけない。大切なお客さんを失うことになる。勝率6割が良いところ。7割5分を超えるとランチェスターの法則通りに相手が壊滅する。壊滅とは打ってくれないということ。
また細かい碁を心がけたいがこれは難しい。私は細かくなると9割の確率で負ける。数目差で勝つつもりが反対に負けてしまう。10目の差がないと安心できない。数えるのがいっこうに上手くならない。これも前世の因縁か。

05-0007
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天敵について。多摩川さんへの反論とほる05年06月12日 08:23
1.天敵は下手にもいる。この天敵はほかの方には良く負ける。したがって点は上がらない。いつも同じ手合いである。
私をやっつけるのが生き甲斐らしい。(被害妄想か)
2.観戦しているとよく分かるが、いざ自分の対戦になるとどうにもうまくいかない。
3.上手の天敵に対して、ひたすら厚く打っていると、いつの間にか地が怪しくなっている。だからこの作戦もうまくいかない。
4.5割の勝率などとんでもない。天敵には2割が良いところ。天敵と打っていると点はドンドン下がる。
それを逆天敵で挽回している。
5.なにかのはずみは全く起こらない。
多摩川さんのアドバイスは私には合わないらしい。
自分なりの解決策・・・下手の天敵が上がらないなら思い切ってこっちが100番ぐらい下がればよい。手合いが楽になるだろう。
・・・・でもくやしいなあ。

05-0005
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天敵とほる05年06月09日 17:14
碁の世界には天敵がいる。「楽天球団」には失礼だが勝率やっと2割の相手が天敵である。どうしても勝てない。対局待ちを出すと敵も心得たもので即座に申し込んでくる。逃げたいのだがいくら負けていてもプライドがある。また今度こそと思う。でも案の定中押し負けとなる。天敵は有り難いのやら迷惑なのか懐かしいのか複雑な心境である。
私を天敵としている方もいるらしい。対戦結果を見るとその方達とは勝率がぐんとよい。対局待ちをみるとすぐに申し込みたくなる。でも自分のことを考えてみるとこっちから申し込まない方が良いかも知れない。相手の方も半分逃げたいのだろう。逃げたいのと今度こそはの思いで力が入りすぎる。私の経験で良く分かる。
友達と長いつきあいをするには勝率5割前後、このことを「囲碁倶楽部」のさまざまなクラスの天敵が分かって欲しい。

05-0004
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棋聖戦 シン05年02月24日 00:32
第4戦は白番結城さんの勝ちとなりました。今年の棋聖戦は激しい碁で、最後まで打って数えたのは1回だけ、他の3回はみな中押しでした。
これで2-2の対ということで、明日24日から第5戦が始まります。今までいずれも白番側が勝っているので、今度は羽根さんの勝ちか。すると6戦は結城さん、決勝が羽根さん、で防衛成る。ということになるのか。面白くなってきました。


05-0003
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棋聖戦シン05年01月29日 00:23
先日の棋聖戦第二局は、見応えがありました。結城さんの白の大石は中央をさまよっていて、とても二眼できる余地もないし周りの黒は強そうだし、また結城さんの負けか、なんて思っていましたら、逆に黒の大石がやっつけられてしまい、黒の羽根さんの投了となりました。特に最後に黒を仕留めた妙手、私なんか絶対にこの黒は取れない、なんて思っていましたから、ただただ感心するばかりでした。

ところであれは黒4子を捨てて、つまり白を連絡させれば残りの黒の大石は生きたのでしょうか?(さっぱりわからない)。もしそうだとしても白勝ちは揺るがないから投げたのでしょうか。どなたか教えて下さい。

来週はもう第三局ですが楽しみです。ご存じと思いますが読売新聞のリアルな実況ネットで最初から最後まで観ることができます。
それにしても名古屋の羽根棋聖と関西の結城九段、どちらにも勝ってもらいたい気持ちです。

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橋本聖子の奇跡、中塚善次郎先生の奇跡すばる05年01月03日 11:08
 少し以前、スケートの橋本聖子選手が、競輪に転進して、一気にダントツの力で
トップに踊り出たことがありました。いやあ、橋本選手はすごい、と感嘆する一方
で、競輪一筋でやってきた人達は、いったい何の訓練をしてきたのか?どういう
気持ちでいるのだろう?....と首をかしげたことがあります。

 道元禅師の正法眼蔵は、その難解な文章表現をめぐって、昔から多くの名僧や
碩学が一生を捧げて取り組んできた世界ですが、いまだにどれもこれも、ピンと
来ない、腑に落ちない解釈ばかり。

 ところが、障害児心理を専門分野とする中塚善次郎先生が、大学のゼミの都合で
正法眼蔵を取上げ、明快平易に解説されているのを、インターネット上で発見し、
一読して、これこそ道元祖師の真意であると納得すると同時に、門外漢であるはずの
中塚先生にこれができて、一生を捧げてきたはずの専門家達に、なぜこれが出来な
かったのかと、驚かされました。

 橋本聖子の場合は、スケートで鍛えこんだ強力な筋肉があった。中塚先生の場合は、
障害児心理の探求の中から、人間心理の奥に潜む構造に遭遇し『自己他己双対理論』
という強力なレーダーを創り出していました。加えて、密教修行による悟り体験を
繰り返し体験しつづけていました。

 中塚先生だけが道元の真意を解明できて、安谷白雲師や玉城康四郎先生をはじめ
とする名僧碩学達に解明できなかった差異は、中塚先生が身につけた道具や体験に
あった....それらが、真実のものであったからだと思われます。


【追記】中塚先生のホームページは <ひびきのさと>で検索できます。


【追記】斎藤環先生が『引きこもり文化論』の中で、原因不明とくりかえして
    いますが、中塚先生の2001年の論文『引きこもり理解の新たな視点』
    では、自己他己双対理論を武器にして、その原因と傾向および対策を
    明快に提示されております。なぜ日本にだけ100万人の規模で発生し、
    これからも増えつづけていくのかが、解明されています。
    今更『引きこもり文化論』などが出版される必要はなかった。(^^;)

05-0001
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加藤先生を悼むすばる05年01月03日 11:06
 私自身、母方が飯塚市周辺の在であり、学生時代を博多で過ごしたため、
加藤先生のご実家が六本松の米屋さんということで、親近感を感じていました。

 少し前、日本囲碁連盟のイベントで、加藤先生が指導碁に来られ、真近に
風貌に接することができましたが、春風駘蕩、朴訥温和という柔らかく暖かい
ムードに、敬服した覚えがあります。

 老子の言に、「真に強いものとは、柔らかくしなやかなものであり、
今あるがままの自分と境遇に自足し、争うことのないものである」....を
思い出しました。

 今年の棋譜並べは、昭和49年の 坂田vs加藤 の劇闘譜から始めました。
いつでも故人を偲べる棋譜があるということに、感謝です。

04-0027
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加藤九段死去シン04年12月30日 22:36
突然の訃報に驚きました。あの加藤正夫先生が亡くなられたそうです。以前から具合が悪くて入院していたのでしょうか、よく判りませんが、脳梗塞ということですからもしかしたら突然の発病かもしれません。まだ57歳とかでまだまだ現役で活躍される棋士だったのに。私の好きなタイプの棋士でした。
日本棋院の理事長でもあられたとか、棋界は貴重な人材を失いました。とても残念です。
先生のご冥福を祈りたいと思います。


04-0026
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将棋と囲碁の違いすばる04年12月26日 20:25
 将棋の米長先生は、若い棋士を集めて研究会を開いて、若い人の研究成果を
真剣に吸収することで、名人位を獲得できた。この場合、師匠役は若い人達が
やっている。谷川先生も、無冠になった時、若い人達の研究会に参加して吸収
することで、カムバックを果たしている。

 将棋は数学的ゲームであり、幾何学の解法のように、論理の集積で争っている。


 囲碁の研究会の場合、いくら年齢が進んでも師匠役は、呉清源先生であり、
藤沢秀行先生である。日本画の大家のように、老いてますます高みに至ると
いうか、その発想の価値・独自性を無視できない。

 つまり、囲碁は右脳の発想の比重がかなりあり、勝負事でありながら、
芸術的性格をより色濃く持っている。

04-0025
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へぼのへぼたるゆえんすばる04年12月18日 12:17
 『プロ対プロ置碁実戦譜』上下2巻本がありますが、なんでこんな対局が企画
されたんだろう? と首をひねりながら眺めてみると、対局進行の数手毎に、
ここでどこに打つべきかという分岐点が出現します。そこで、着点ABCの3択
問題になっていて、1局につき20問、前問正解なら6段、全問へぼ手ならば
10級以下の評価点になるという....うまい仕組みの囲碁学習書に構成されて
いました。

 そこで、第1局目にチャレンジしたところ、
     正解   10問 *15点=150点
     まあまあ  6問 *10点= 60点
     へぼ手   4問 * 5点= 20点
 計230点で、2級認定となりました。(^^;)納得です。

 なるほど、局面進行の半分位は、私も高段者と同じ手を打てるのだが、
のこり半分は、まあまあだったり、へぼ手だったりで、進行する。

 この選択眼の無さをいかに克服していくか....だと痛感致しました。

04-0024
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居眠りのあととほる04年12月01日 22:52
 会社の帰途、混んでいる電車に偶然座ることができた。そのままウトウトし
ていたら突然に下車駅についてしまった。頭がまだボーとしているまま条件反
射的に改札を通り、昨日、父に五子も置いて負けた碁を思い浮かべながら歩き
始めた。頭におぼろげながら碁盤を描き考えていたら意外にはっきりと原因を
つかむことができた。「切り」が無理だった。何でもかんでも切ろうとする癖
が直らない。
 反省しているうちに急に気がついた。父は十年以上も前に亡くなっている。
しかも晩年は、私に絶対負けるはずがないと言いながら五子置いていた。
こちらが五子を置いていたのは高校の時である。その時から五十年過ぎている。
電車に座れたのを幸いとして眠っているうちに意識が五十年戻ってしまったの
だ。頭の中の五子局はまだはっきりしている。この記憶は何だろう。この局を
覚えているとしたらほかの局はどうかと努力してみたが全く無理であった。
 一局だけ潜在意識(?)から忽然と現れてきたものらしい。だいたい昨日の
対局も覚えていない。囲碁倶楽部の対局棋譜のお蔭で確かめているだけだ。覚
えていなくても頭のどこかに、または、無意識のなかに残っているものだろう
か。それとも若い頃の対局だから強烈に刻み込まれているのか、などと考えて
いたがどんどん迷路に入って何も分からなくなってしまった。
 父との対局の懐かしさだけ残っている。もうすぐ十三回忌がくる。

04-0023
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場の力長良川04年12月01日 11:43
何事もそのもの自体が持っている力だけでは本来の力が発揮されないのは自明の理である。物理学でいうならば、質量があっても重力場という場がなければ重力が作用しないことは、宇宙空間における物体の挙動をみれば明らかである。電荷があっても電場がなければ電気力は発生せず、磁気があっても磁場がなければ磁気力は発生しない。
これを人間にたとえていうなら、素質や能力自体が優れていてもその個人のおかれた場というものが悪ければ力が発揮できないということである。
それでは、個の能力とそれがおかれた場の力とではどちらが大きな影響を与えるだろうか。それに答えるのはなかなか困難であるが、物理学では質量や電荷や磁気といった個の力と、重力場や電場や磁場といった場の力とはまったく対等の影響力をもっていることになっている。このことから類推すれば人間の世界でも個の能力と場の力とはどちらも同じ影響力を持っているとみるのが妥当であろう。(発揮される力=個の能力x場の力)
そうすると、能力はあるのに力が発揮できないのは場が悪いせいだとする議論がなりたってしまう。たとえば、自分は幸福を追求し享受する能力はあるのに自分が幸福になれないのは、自分のおかれた場すなわち日本の社会というものが悪いせいだという理屈である。
たしかに、人が幸福を追求し享受する条件を日本の社会が備えているかどうかは、今一度冷静に点検してみなくてはならない命題ではある。しかしここでいう個人が存在する場としての日本社会も、個人が構成し個人が選択した結果としての場なのであって、個と場とはそれぞれ完全に独立無関係ではないところが物理学とは異なるところである。ということは、すべてを場のせいにする先の理屈はなかなかとおりにくいのではなかろうか。
それにもかかわらず、こうも負けてばかりいると、自分の棋力がいっこうに上がらないのは囲碁倶楽部という対局場が悪いからにちがいない、といってみたくもなるものだ。

04-0022
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横綱の苦闘とほる04年11月21日 18:01
魁皇が横綱を目指してがんばっている。この世界に入れば横綱が目標であることは分か
っているが、横綱になればなったで大変な苦労をすることになる。
何しろ負けられない。
貴乃花のように休めば休んだで批判を浴びる。若乃花の場合は横綱にならずに、関脇と
前頭筆頭をいったりきたりしていれば相撲の寿命は長かったであろう。前頭と三役を往
復している関取を見るたびに「大関・横綱にならなければ良かったのに。」の思いを強
くする。
この「囲碁倶楽部」でも高段者は大変である。三勝二敗のペースでいかなければドンド
ン落ちてしまう。五分では駄目なのだ。現状を維持するのは大変なことであろう。
小生は下がってばかりいるが、そのうちエレベーターの上りに乗りある程度のところま
ではいこうと思っている。その上は狙わない。大変なのが分かっているから。
以上どうしても強くなれない者の負け惜しみ。

04-0021
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強欲・自己都合は地獄を作るすばる04年11月14日 14:30
 資産家の社長婦人なので、本来なら幸せな老後を送っていていいはずの女性だが、
強欲・自己都合・他人攻撃の見本のような人なので、30代後半の長男は引きこもり、
30代前半の娘は気狂いとなり、ご主人は愛人生活で別居中。

 他己(他人への思いやり)の欠乏の結果、自ら地獄を作り出してしまった例がある。

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民主主義と多数決の危険さすばる04年11月14日 13:29
 道元禅師『正法眼蔵』の難解さにチャレンジ中ですが、その解読の手掛かりを
見つけるつもりで、ネットサーフィンしてみたら、たいへん素晴らしいHPに
出会えました。

      鳴門教育大学 障害児教育講座 中塚研究室
           << ひびきのさと >>

 『正法眼蔵』の疑問点は、このHPの中の『こころのとも』の連載記事で大満足
できたのですが、それ以上に、障害児教育問題や、戦後日本社会の問題点に、眼を
開くことができました。恩人という言葉を本にあてはめて、恩本という言葉を用いた
禅僧がおられますが、恩HPと言いたい気持です。

 人間の心は「自己」からだけできていると解釈していましたが、そうではなく、
「自己」と「他己」の2つから合成されている....という「自己他己双対理論」を、
中塚善次郎先生が提唱されています。
 
 自己=自己都合、他己=まわりへの思いやり、です。
 この2つがバランスして完全に一体化した時、悟りの状態が生じます。
 逆に、この2つのバランスがとれなくなった時、他己が枯渇して、他人への懐疑
や不信・非難・拒否が進行して、精神分裂病/自閉症/人格障害/LD児等々の
病理が生じます。

 そして、このアンバランスが社会的に生じた場合、自己都合だけを追求する社会
ができあがり、さまざまな問題を生じるようになる。それが現在の日本社会である、
という指摘でした。

 戦後日本は、民主主義を第一に受け入れたのですが、この民主主義と多数決原理
こそが、自己都合を助長させる欠陥を内蔵していて、他者への思いやり、伝統への
尊重を欠いた朝令暮改の仕組みが出来上がっていくそうです。

 欧米の場合は、民主主義の欠陥を補う <宗教心> が社会全体に存在していま
すが、日本の場合は、江戸初期以来、寺社への懐疑・無宗教心を育ててしまった
ため、民主主義の欠陥がそのまま噴出してしまった。

 日本社会を救うには、他者への思いやりのある子、宗教心に支えられた子を育てる。
そのためには、無償の愛や宗教的徳目を発揮できる親や教育者や地域社会が存在しな
ければならない....とのことです。

04-0019
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至芸の世界に人種の壁は無用すばる04年10月09日 12:45
 イチローの快挙を喜んでくれる米国人に感謝ですが、今もって残念なのは、ゼイノイ
女史を日本の棋士にできなかった経緯です。

 音楽の世界には、国境も人種も関係ない。格闘技やスポーツ、ゲームの世界もまた
同じ。連敗でドン底のマリナーズなのに、消化試合にすぎない終盤戦で、あれだけの
観客動員力。ただもう、イチローの至芸ゆえです。

 至芸の世界は、ひたすらに個人の特性の世界です。そこには個人の卓抜した天分と
日々の猛訓練があるばかり。人種や国籍は関係ありません。

 すぐれた音楽家が大挙、日本に移住してきて、日本人の音楽家の職を奪おうとも、
自分よりすぐれた技の持ち主の登場を見て、素直に席を譲ることこそ、至芸の世界へ
の愛だと思われます。

 至芸の世界でなくても、一般実務の世界でも、やはりこれは真実。より豊かな社会
の実現の前に、国境と人種の壁がたちはだかっている。全面的に解禁できなくても、
少しづつでも、あれこれと理由をつけて、全面解禁に近づけていくことこそ、社会の
繁栄につながっています。

 鑑真和上然り、陶芸の職人達然り、カルロスゴーン氏然り。呉清源然り、林海峰然り。
 ゼイノイ女史が日本の棋士となって、旋風を巻き起こしていた場合、日本の囲碁の
世界は、より魅力的な世界になっていたと思われます。

04-0018
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負けるには理由がある(イチロー)すばる04年10月09日 12:43
 大記録達成の号外(読売新聞)に出ていたイチローの言葉です。
 耳に痛い言葉です。 σ(^^;)

4月22日
  チームは連勝の後、連敗。記録にならないミスが多い。

 「ここまで負けているのはそういうことがあるからです。負ける要因が
  多いから負けている。それが相手より多いかどうかです。
  多くなれば負ける可能性は高いし、そうでなければ勝つ可能性は出て
  くる。野球とはそういうゲームです」

7月27日
  ロードは14連敗。

 「負けには理由がありますからね。たまたま勝つことはあっても、
  たまたま負けることはない」

04-0017
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イチローの快挙長良川04年10月08日 14:37
マリナーズのイチロー選手が年間最多安打を達成したことは、日本人の一人として大変よろこばしく思う。世界に誇れるものがあまりにも乏しく、世界の人から尊敬と賞賛を受ける機会もめったにない日本という国に住むものにとって、今回のイチローの快挙はひとしお胸のすく思いだ。あらためてイチローの快挙に惜しみない拍手をおくりたい。
それと同時に、イチローの新記録に対して惜しみない拍手をおくってくれたアメリカ人に対しても惜しみない拍手を送りたい。この外国人ヒーローに対して真っ向から勝負した相手側チームの投手や監督、それに自国のヒーローの記録が破られる悔しさを乗り越えて、この外国人ヒーローの実力を正当に評価し、そのすばらしさをありのまま受け入れてくれた当地の観客やマスメディアに対し、私はそのフェアープレーの精神と心の広さをたたえたいと思う。
これが反対の立場だったら、日本人はイチローに対するアメリカ人のようなフェアーな態度で臨むことができるだろうか。
それにつけても思い出されるのは、王選手の年間ホームラン記録が破られそうになったときに、バース選手やローズ選手に対し四球攻めをして新記録の達成を阻んだという後味の悪い事実である。
アメリカ人と日本人とでは同じような状況に際してとる態度がどうしてこうも違うのだろうか。

それにしても囲碁、特に通信対局をやる人の中には、このフェアープレー精神に欠ける人がかなりの割合で見られることは嘆かわしいことである。

たかが野球、たかが囲碁、この"たかが"のつくものに対しては、その"たかが"ゆえに何よりもフェアーな心構えが必要であると思考する次第である。(伊藤)

04-0016
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蛭治療とほる04年09月26日 11:43
長良川さんの長文エッセイを読みました。長文は打てないのでここに書きます。
私の故郷で祖母が蛭治療をしていました。多分新潟から仕入れたものと思いますが、蛭をきれいな井戸水に長い期間入れておきます。水は取り替えますが餌はやりません。そのうちに蛭は細長いひもみたいになります。それを何匹か腫れ物につけるのです。蛭はドンドン悪い血(膿)を吸い取ります。細い蛭がみるみる太くなります。蛭が腹一杯になるとポトリと落ちます。吸い取られた後の皮膚はジクジクしていますがそれをフクベとしょうする吸い口みたいなもので綺麗にします。これでほとんどの腫れ物は治ります。私もいやでしたが何回か直してもらいました。血圧の高い人は肩にしていましたし、腹膜炎の後遺症の方は腹にしていました。
このごろ私は悪い血がたまってきたらしく、怒りっぽくなりました。頭にきて碁を打ち続けるのでポカばかりです。祖母が生きていたら(120歳ぐらいか)、頭に蛭をつけてもらいたいものだと思っています。

04-0015
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リラックスは力なりすばる04年08月21日 18:53
 ある部門のある店が万年赤字で、とうとう閉店することが決定した。針のムシロ
に居た担当者は、すっかりいきいきして、のどかな気持ちで業務続行。すると、
成績があがり、黒字になった。多分、閉店までの数ヶ月、黒字続行の様子。

 そこの部門長いわく、「ちょっと担当者をシメすぎたようだ。あせらず商談を進
めるようになったので、お客さんにふりまわされず、業務標準通りの成績を出せる
らしい」

 オリンピックでも、重い期待ゆえにコチコチの選手は苦戦のようで、リラックス
で臨める自信派は、意外のメダルまで前進している。

 囲碁もまた、リラックス第一のようです。

04-0014
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悪さ加減を指標化するすばる04年07月19日 17:33
 品質管理の出発点では、良さ加減を指標化するのではなく、悪さ加減を指標化する
ように教えている。つまり良品率ではなく不良品率であってこそ、運用が生きてくる。

 さきほどテレビで、識者4人で派遣社員問題を論じていた。
 識者の内2人は「困った、何とかしてあげたい」と弱者救済に動こうとして、意見
を出すのだが、他の2人は指摘がある都度「それは問題ではない」として、弱者救済
への動きを封じ込めようとするだけ。

 観ていて「何だ、この屁理屈は」と、家内ともども腹がたって、とうとうテレビを
観るのを止めにしてしまいました。

 本当は、司会者が出発点で「派遣社員制度について、どのような問題があると思い
ますか?」と聞いて、4人全員から問題点を列挙してもらうところから、スタート
すればよかった。
 その場合、他の2人は「何の問題もありません。現実世界は完璧です」と答える
つもりだったのだろうか? 小学校で事件が起きたとき、校長先生が「何の問題も
ありません。うちの学校は完璧です」とコメントしている場面を思い出しました。

04-0013
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白の圧力とほる04年07月19日 16:31
三子局(私が黒)の勝率はとても悪く反省の日々です。
負けてばかりいると萎縮してしまい、何でもないコゲイマガカリに
大きな圧力を感じてしまいます。相手が見えないのですからそんな
に参らなくてもと思うにですが上手くいきません。
下記多摩川さんのアドバイスのように、確実に生きようと思って打
っていると、だんだん細かくなりたいがい負けます。こんな打ち方
で負けると自己嫌悪に陥ってしまいます。また一戦を挑んでもほと
んど潰されます。でも一戦を挑んで負けた方がさっぱりします。
さっぱりはするものの、ますます三子局恐怖症が強くなります。
冷静に考えると三子の援軍(三個師団か)がいるのですから戦いに
負けるはずが無いと思うのですが。
白さんの頭の中には「竹中半兵衛」がいるのでしょう。

04-0011
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genpakuyanagiコスミ04年07月19日 09:42
    玄 白 柳

どなたかは存じませんが強いこと    (無名の体験者)

半コウをつないで投げるいやなやつ   (投げそこね?)
 
注文があとからあとから通信碁     (進歩のため仕方ないか)

欠礼の詫びごとすこしウルサイね    (気にし過ぎ)

点数のこだわり笑う我もまた      (されど点数)

年齢を問われてコンチキショウと負け  (小学生に)

二三十目負けて打ってる高段者     (オヤオヤ)

観客が次々消える負け碁かな      (見放されたか)

こんなとこなぜ考えるかと腹を立て   (セッカチ屋)

碁に負けてログアウトする暑さかな   (・・・・)

勝った碁のファイルを何度も再現し   (自己満足)

一目の得にもならぬに意地で打ち    (ヘボ同士)

半目差に鼻うごめかす顔が見え     (どうだい)

投げる前にフリーズした時のやるせなさ (相手はどう思ったか・・)

クリックミスもポカのうちだよお前さん (マッタなし)

おんな名につい想像し打っている    (失礼)

ヨセもせず終局となる不思議な碁    (初心者同士)

トラブルの相手は機械か人間か     (あまりキメつけなさんな)

八時から碁を打っているいい身分    (お互いに)

いつの間に烏(カラス)が鷺(サギ)に変身し (三日見ぬ間の)

04-0010
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Gorakusyuuコスミ04年07月03日 11:58
碁楽集 U 

   《初心者に》 −自戒を込めて−

アテるよりノビることを考えよ グイとのびた姿のよさよ

この一手しかないと思うなよ 妙手はそのすぐ近くにあるぞ

ノゾかれてすぐにツグのはちょっと待て つがずにすます他の手はないか

要、不要よく見極めてつなぐ(入れる)べし ムダな一手で先手をのがす

ヴェテランは一カ所ばかりを攻めぬもの 右辺に打たれたら左辺を用心

白は黒の考えるようには受けぬもの 勝手読みしてアッと驚く

クズ石とかなめ石とが見分けらりゃ 直ぐに昇段疑いはなし

「定石を覚えて二目弱くなり」 半知の手筋もまた同じこと

長考もよいが時にはポンポンと カンで打つのも上達のコツ

定石を学んでばかりいるよりは たまには勘を働かせるよし

(囲碁相対性理論)

二十子を取られて勝てることもある 碁は「相対」と思い知るべし

見渡せば碁盤は広し一カ所で 負けても最後に半目勝てば

クズ石は「のし」つけて上げよそのかわり こちらをちょいと頂きますよ

一目を得した無理手がアダとなり あとでさんざん苛められるくやしさ

全部取ろ全部生きよと思うなよ シッポくらいはどうぞと進呈

「むさぼるな」とはいうものの一目の 損得いつも考えて打て

箴言も時と場合で変わるなり 「絶対」の無いのが碁の玄妙か

(手抜きと先手)

手を抜くが碁の要諦と見つけたり いかに先手を取るが大切

死んだとて首をとられるわけでなし 手を抜いてみる勇気をもてよ

解らねば手を抜くもよしその代わり 他所に先着それが大きい

先手後手、違いの大きさかみしめよ とれる先手を逃がす愚かさ

将来につながる先手をまず探せ 後手で十目取るより大きい

死ぬリスク先手のメリットと見比べよ (それがわかれば苦労はないが)

(生死)

死に石にこだわるなかれ死に石を ダシに使えば十分活きる

「取られた」と思うな「棄てた」と考えよ 棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ

「取られた」と思うな「呉れた」と考えよ そこにまた別の戦略がでる

ダメ詰まりの怖さを常に忘れるな 打たでもの一手が命取りとなる

欠陥を突く先輩を尊べよ とられてしっかり覚える生死  

(守りと攻め)

生きるだけ守るだけでは碁にならぬ いつでも白のスキを窺え

専守防衛は自衛隊にまかせなよ うわ手を攻めるチャンス逃がすな

打ち込みは相手の守る前に打て 「エイヤッ」の気合い敵もたじろぐ

(おわりに)

ミスがあるからこそ勝負はつくものさ 完全無欠じゃ碁は成り立たぬ

「投了」も立派な一手ダラダラと 負け碁続けるそのおろかしさ

04-0009
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囲碁雑考・幸田露伴の現代文すばる04年06月13日 16:19
 訳してみましたが、間違いあるかもなので、ご指摘ください。 m(..)m ペコリ


 囲碁は古代中国に始まった。晋の張華の『博物志』では、
  尭帝が愚昧の子・丹朱の教育のために囲碁を発明し、丹朱は囲碁を好んだ。
とあり、
また晋の中興の頃、晋の正史である『晋書・陶侃伝』では、
  陶淵明の曽祖父・陶侃が荊州長官として赴任した折、役所の補助官達がすごろく
  や囲碁の道具を置いているのを見て、すべて河に投げ捨てて、
 「囲碁は、尭帝や舜帝が、愚昧の子である丹朱や商均の教育ために創り、また、
  すごろくは、殷の最後の暴君・紂王が考案したものである。しかるに、諸君達は
  愚昧どころではなく、みな国家の人財である。どうして消閑の具に人生を浪費して
  いいものか」
と言った。
 これらの事から、早く囲碁は尭帝や舜帝の時代(BC1800年)に始まったという
説があったことがわかる。しかし、囲碁が本当に尭帝の手によって創造されたか否かは
不明である。

 なお『博物志』では、老子が北西辺境の地に入って、ごんずいやかわやなぎの実で、
さいころを創ったと言い、後漢の許慎の『説文解字』では、古代に島曹がすごろくを
創ったと言うが、これらは伝説というしかない。

 ただ、囲碁が非常に早くから中国に始まったことは、疑うことができない。
『論語』の孔子の言葉に、
  すごろくや囲碁というものがあるではないか。一日為すことなく過ごすよりも
  そういう遊びでもしたらどうか。
『孟子』には、
  囲碁の天下の名人に、奕秋という者あり
『春秋左氏伝』には、魯国の開祖の周公旦(BC1100年)の言葉として、
  人物を視るに囲碁に勝るものはない。人間性をどうして隠せようか。
とある。

 特に、奕秋のように技で天下に鳴り響いた者がいたことにより、囲碁が古代中国の
戦国時代に発達していたことが察知できる。たとい尭帝の創案でなかったとしても、
囲碁は少なくとも、周あるいはその前(BC1100年以前)に世に出たものである
と知るべきである。

04-0008
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幸田露伴とほる04年06月12日 21:32
幸田露伴の次の文を読みました。何となく分かるような気がするのですが、本当のところは分かりません。どなたか現代文に直していただけませんか。

囲碁雑考
幸田露伴
 棊は支那に起る。博物志に、尭囲棊を造り、丹朱これを善くすといひ、晋中興書に、陶侃荊州の任に在る時、佐史の博奕の戯具を見て之を江に投じて曰く、囲棊は尭舜以て愚子に教へ、博は殷紂の造る所なり、諸君は並に国器なり、何ぞ以て為さん、といへるを以て、夙に棊は尭舜時代に起るとの説ありしを知る。然れども棊の果して尭の手に創造せられしや否やは明らかならず、猶博物志の老子の胡に入つて樗蒲を造り、説文の古は島曹博を作れりといふが如し、此を古伝説と云ふ可きのみ。
 但棊の甚だ早く支那に起りしは疑ふ可からず。論語に博奕といふ者有らずやの語あり、孟子に奕秋の事あり、左伝に太叔文子の君を視る奕棊に如かず、其れ何を以て免れん乎の語あり。特に既に奕秋の如き、技を以て時に鳴る者ありしに依れば、奕の道の当時に発達したるを察知するに足る。仮令尭の手に成らずとするも、奕は少くも周若くは其前に世に出でたるものなること知る可し。

04-0007
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gorakusyuuコスミ04年06月07日 14:12

          碁楽集

(礼儀)

人さまざま碁もさまざまよ盤の上 悪手とがむとも人をとがむな

打ち損ね投げそこねまた詫びそこね 反省しきり非難をなせそ

「礼儀」「礼儀」と言わぬも花よお互いに 碁盤も広く心もひろく

「負けのくやしさ思いやるこそ礼儀なれ」 とは負け犬のつぶやきでした

棄てゼリフ勝った方は言わぬなり 一度くらいは言われてみたい

挨拶はしておいて損はなし ホンのお定まりのクリックひとつ

 (通信碁)

欠陥を咎める前に居ながらに 打てる楽しさ忘れるなかれ

人と人あいだに機械がはさまれば たまにはおかしなこともあるさと

長考の末が悪手となるもあり すべったマウスが妙手ともなり

キー押しもままならぬ老いの手に 相手はサッサと退席をする

世の中に「チャット」ほど恐ろしきものはなし 言葉だけが一人で歩く

(碁楽)

「格調」は願いなれども如何せん ヘボ碁のつらさ勝つのが一杯

我も愚者相手も愚者よグシャグシャ碁 今日も楽しく一日過ごす

岡目にていいたい放題も碁楽なり 勝手にほざけと度量を見せる

定石と指南書ばかりにこだわるは 動脈硬化ボケの始まり

囲碁こそは玄妙の世界しかあらば そを楽しめよアマチュアなれば

メシのたねならぬことこそたのしけれ 「碁道」など堅いこと言い給うな

ひとすじに道を極める人もあり 尊かれども私は御免



04-0006
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秀行先生のお話とほる04年04月13日 21:51
 私は、私よりも3子以上強い方達は、「特別な才能に恵まれた幸せな方である」、または「碁の神様の子孫であり、私とはもともと人種が違う」と思っていました。どんなに頑張っても近くまで行けないことがはっきり分かるからです。でも最近、藤沢秀行先生のお話を忠実に再現したという文が目にとまりました。

 問い・・勉強によってどの程度強くなるのでしょうか。
秀行先生の答え「勉強の仕方にもよるが、無限に強くなれると思う。碁の変化は広大無辺だからね。
私たちはプロだといって、偉そうな顔をするけれども、碁の神様から見れば、アマチュアの皆さんと同じように赤ん坊同然で何も分かっていないのかもしれない。それなのに分かっているようなことをいう棋士がいる。何をいっているんだと、腹が立ってくるね。」

 問い・・中高年層にアドバイスを。
秀行先生の答え「好きなように、打ちたいように打つのが精神衛生上一番いい。それで進歩するはずです。筋がいいだの悪いだの、定石だのと気にすることはない。
プロの碁を並べるのはいいけれども、まねをするのは愚の骨頂。
オレも並べていて、あまりに人まねのつまらない碁が多く、うんざりする。そんなときは自分の昔の碁を並べるよ。」

秀行先生の面目躍如たるお答えです。
私の棋力や経験からだと素直に信じられないところもあるのですが、「無限に強くなれる」「打ちたいように打つ」というお言葉には大いに励まされます。

「文春文庫 囲碁とっておきの話 秋山賢司著」より引用

04-0005
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高梨安雄様事務局04年03月16日 11:22
碁盤は横長等になっていません。お使いのパソコンの設定の問題ですから、メーカの方にお問い合わせください。

04-0004
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碁盤について高梨安雄04年03月15日 13:46
碁盤が横長で打ちにくい。

04-0003
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囲碁三昧ぼんず04年03月12日 16:15
 自ら打ち、他の観戦をしていると、碁打ちに囲碁派(品格派)と石取り派(ゲーム感覚派)のあることがわかる。
 囲碁派は、品格を重んじ、棋譜を大切にする。棋譜を汚すようなことはしない。常に最善手を求めて、とれる石があっても、他に良い手があれば取らない。
僅差の時は、つくり碁とする。
 石取り派は、ゲーム感覚で碁を楽しむ。勝負にこだわる方もいれば、よい筋を見つけて、相手の大石を一瞬にして打ち上げることに快感を覚える者もいる。
何よりも対局数の多いのが特徴で、一日に十数局をこなすことも、しばしばで、余程のことがなければ投了しない。《注1》
 石取り派からの要望です。
何故に、通対ではだめ詰めをしないのでしょう。
「すべてのだめを詰めるのが原則です。但し、ソフトが便利なようにしてある。(掲示板 03.10.9山城氏)」が事務局の見解です。
 一方「通信では、最後のだめまで詰めない。だから、手計算がどうのこうのとなる。(同 03.10.11 無敵さん)」のご意見もある。
 また、根拠も示さず、目数の変更もなく、一方的な勝負訂正のメッセージのあることは、極めて不愉快である。《注2》
 他のサーバーの終局のソフトは、おなじでしょうか。
 終局で計算のクリックをするのは、丁半の壺を開けるに似て、だめ詰め醍醐味に遠く及ばない。

《注1》: 投了は、碁の美学である。また、この美学がないと、自信をもって終局に臨めず、パスを連発できず、相手につきあって時間切れとなる。
《注2》: 両者勝ちをモラルの問題としないでください。自動計算が、生き死とセキの別を判然とすれば、両者勝ちはもっと減る筈です。

04-0002
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八勝七敗的人生長良川04年02月13日 10:04
新聞でいつか八勝七敗的人生というエッセイを読んでなるほどと思ったことがある。それは、大勝ち、一人勝ちをねらうのは賢い人間のすることではなく、だいたい八勝七敗程度を目標にしておけば、気がつかなかった小さな見損じやなんやかやをあとで差し引いてちょうどトントンとなり人生としてのバランスがとれる、といった内容だったと思う。
ところで、このような八勝七敗的人生をよしとするのなら、七勝八敗的人生だってあり得るのではないかと私は思っている。
人とつきあうとき自分は皆より少しだけ損をするように心がけるようになってから、私のまわりの人間関係がうまくく回転するようになった気がする。人とのつきあいでは、このような七勝八敗的心がけが有効なのかもしれない。
しかし、同じ人とのつきあいといっても囲碁の場合に七勝八敗的心がけでやっていたのでは、いつも負けてばかりになるであろう。囲碁の場合はやはり新聞のエッセイのような八勝七敗的心構えで対すべきと思う。
自分も囲碁をやるときはこの八勝七敗的心構えを肝に銘じて始めるのだが、そして布石の段階まではこの心構えを何とか維持できていると思うのだが、石が接近しだした中盤以降になると最初の殊勝な心がけはどこへやら、大勝か大敗の二者択一しかないような碁になってしまう。このような碁を称して、とっくみあいをしながらごろごろと坂を転がり落ちて、最後に止まったときにたまたま自分が上になっているか下になっているかの勝負でしかないと、額五段がある指導書で述べておられたが、私の打つ碁もまさにこのようなひどい碁なのである。
最近はこのような状態から少しでも抜け出そうと、八勝七敗的心構えを中盤以降もできる限り長く引きのばして維持すべく、努力しているところである。


04-0001
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世俗宗教の限界と啄木の悲惨すばる04年01月25日 02:01
 曹洞宗の傑僧・沢木興道師の安泰寺を受け継いだ、内山興正師『 自己 』から
の引用です。昭和50年頃の叙述です。

> 臨済宗の人たちでも、このごろ僧堂にいるのはたいがい二年か三年だという。
> 曹洞宗の方ははなはだしいね、三ヶ月か半年なんだから。坊さんになって、
> 三ヶ月で資格がとれるという。あるいは一年で資格がとれる。二年で資格が
> とれるというのだから笑わせる。とにかく、二年や三年で、本当の坊さんに
> なれるはずはない。

> ところが、安泰寺というのはそういうエサが初めからないんだ。ここに何年
> いたって資格はつきはしない。だから、ここにこれだけの人数がいるというのは、
> よそと比較にならない。大したことなんです。日本におそらくここだけだ。


 明治の頃、真剣に悟りを求めて修行しようという僧は、変わり者扱いされて
いたそうです。沢木興道師が世に出て以降では、少々流れが変わったのかと
思っていたら、結局その後も、何も変わらなかったことが、上の文から分かり
ました。

 最近、バロン吉元の劇画『青春・桜花の舞』という石川啄木の伝記を読んで、
啄木が所帯を持って以降の凄惨きわまる窮乏生活がよくよくわかりました。酷寒
の北海道の冬を、啄木からの仕送りがないままに、燃料も食料もなく、ひたすら、
耐えて待ちつづけるだけの毎日。

 実は、啄木は、自分勝手に中学を中退して、作家生活を目指して東京に飛び出し、
その三ヶ月後、様子を見に来た父に、餓死寸前のところを救われて、故郷にもどる
という前歴がある。この体験ありながら、なぜ、その反省を活かせなかったのか。

 悲惨な生活を生じた原因を考えると、結局、啄木をちやほやと育ててしまった
父に責任がある。父は、曹洞宗の禅僧だった。ならば、道元祖師の生き様を慕って、
貧乏に強く、勤勉さに秀でて、まわりへの感謝に篤い子に、啄木を育てられなかった
のか、と悔やまれる。

 父が、宗費滞納の失敗をして、寺を取り上げられていなければ、一家はそこまでの
辛酸をなめずに済んでいただろう。曹洞宗の堕落の中で、父にも、禅僧としての生活
習慣や、自覚や悟りがなかったということか。


 沢木興道師の場合は、その全く逆から、人生をスタートしている。双親に死なれて、
半ヤクザのような人生裏街道の家にもらわれ、学童時代から行商をさせられて、稼ぎ
が少ないと、食事もさせてもらえず、....それでも、人生の真実のありかを求めて、
誰の助けも借りず、一歩々々、自分の人生を築いていった。


 啄木の夭折直前の歌......

      ただ一人の
      をとこの子なる我はかく育てリ。
        父母もかなしかるらむ。

03-0094
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良さそうでも、現実が良くならない「理論」すばる03年12月30日 21:18
 少し以前、共産主義という理想が世界を支配していた時代があった。
 必要に応じて働き、必要に応じて配分を受け、みんなが一体に結ばれていて、
所有権のない社会!!
 その理想から考えたとき、所有権は後天的に形成された概念に過ぎない....と
私も思っていた。

 ところが、自分に子供ができて、わずか1才になるかならぬかの頃、はっきり
所有権を主張する場面に遭遇して、「所有権は後天的なものではない。生命体に
普遍の属性だ」と痛感。生命の普遍に反する「理論」は危ういと反省した。

 話は変わって、禅には臨済禅と曹洞禅の2つがある。

 臨済禅では、禅問答を出されて、座禅を組んで必死に考え抜く中で、ある日突然、
世界の真実の姿が見えてくる。悟る手段として、座禅がある。
 曹洞禅では、人は本来悟っている存在なので、座禅も悟りを得るための手段では
ない。また、悟りの世界は言葉や概念を超えた世界なので、悟ろうというような
目的意識や概念で臨んではいけない。ただただ座禅すればよく、座禅した分だけ
悟りの世界が自ずと出現する....云々。

 一見、曹洞禅の方がより高尚な感じを受けるが、なんと明治〜大正の間は、
真剣に座禅をやっているのは、臨済宗のお寺だけ。曹洞宗の僧が座禅をやろう
とすると、臨済宗の方に習いに行かねばならない状態に陥っていたとの話を
読んで、びっくりした。

 大事なことを達成できない以上、理論のどこかが自然に反している。


【追記】浄土宗、浄土真宗では、南無阿弥陀仏と称えることで、浄土への
    生まれ変わりが、すべての人に約束される。

    曹洞禅も、すべての人への救済を優先させたために、形だけの座禅に
    なってしまった。「すべての子が高校〜大学に行くべきである」と
    いう理論と同じ落とし穴にはまった感じがする。

03-0093
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碁盤の横幅404mm以上なら一応合格すばる03年12月26日 23:24
 日本棋院『囲碁雑学ものしり百科』では、碁盤の寸法について次のように
書いてあります。

> 盤面の縦が一尺五寸(45.45cm)、横が一尺四寸(42.42cm)と定められて
> います。特に横幅に注意する必要があります。一寸詰まり(3cm)までなら
> 実際に使ってみて困ることはありませんが、それより狭いと、碁石が盤から
> はみ出して並ばないということにもなりかねません。


 ある識者の方の助言は次の通り。

> 本当に良い碁盤は、タテ・ヨコ寸法が45.5cm, 42.5cm以上あるものを
> 言うそうです。
> 明治・大正時代以前の碁盤はややこの寸法より小さめだそうですが、
> それでもせめて45cm、42cmは欲しい寸法とのこと。 
> 特にヨコ幅が大切。直径22ミリの碁石を19個、ヨコに悠々と並べられる
> 余裕がないといけないそうです。
> 寸足らずとは、40cm、41cm程度で、石が並ばないのです。


 今回、寂光寺で寸法を測ってみました。寂光寺には昔の碁盤が50面も伝えられ
ているそうで、明治〜大正〜昭和初期のものに思われます。
 例外的に横が狭い盤は無視して、平均的な盤を数面を測ってみると、どれもほぼ
同じ横寸法で404ミリ。石の直径は21ミリでした。

 対局していて、特に不都合は何も感じませんでしたので、横404ミリを超えて
いれば、一応合格の範囲のようです。


【参考】最新の寸法として、2年前に新品購入の四寸桂碁盤を測ってみると、
    横424mm。愛用の厚めの碁石の直径=20.5mm。
             ( 20.5mm*19 = 390mm )
    同じく、愛用の45号特厚の碁石の直径=21.0mm。
              ( 21.0mm*19 = 399mm )

03-0092
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京都寂光寺ツアー報告と中島美絵子プロご紹介 すばる03年12月15日 01:11
12月13日〜14日と2日間、京都・寂光寺での指導碁ツアーに行ってきました。

 掲示板03―1491 にその報告と画像あれこれを、アップしましたので、
よろしくご高覧のほど、お願い申し上げます。

03-0091
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名人が棋譜を覚えているわけは?とほる03年12月12日 21:08
池谷裕二著 「脳の仕組みと科学的勉強法」ライオン社 に次のようなことが書いてありましたので要約します。
1.将棋や囲碁の名人(プロと言い換えた方がよい)は、対局の後で対戦中の盤面を完全に復元することができる。
2.これには二つの記憶を併用している。
ある局面で自分が何を考えてどう打ったかという経験記憶と
対局中に現出する可能性があるパターン法という方法記憶の両方を同時に使っている。つまり無意識のうちに棋譜を分類してその「法則性」をつかみ取っている。
3.素人がでたらめに並べたような普段の対局ではありえない盤面になると、
名人(プロ)でも記憶できない。今までの経験で蓄えてきた方法記憶が使えないから。

私の経験
プロは素人が打ったとんでもない手でも覚えています。
「2年ぐらい前にもあなたはそんな変な手を打ちましたよ」と言われたことがあります。私だけではなく似たような経験は皆様方にもあると思います。
従って上記1は全くそのとおりですが私にとっては2と3は疑問符が付きます。
1については、名人やプロでなくてもこの囲碁倶楽部のトップクラスの方々にはたやすいことでしょう。
プロの記憶力・思考力は上記の本の内容と違うように思えるのですが。
トップクラスの方々のご意見を是非お聞きしたいと思います。

03-0090
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途中図から手順を推定する例すばる03年12月03日 00:30
 中澤彩子プロのホームページからの紹介ですが、8月13日、
日本棋院でチラッと覗くと、すでに下図の状態で対局中。
 これを、すいすいと、初手はどこで、2手はどこで、と
推定している例がでてきました。 うらやましい技です。(^^;)


   黒27手 E-11まで ハマ 黒0目 白0目
   ABCDEFGHJKLMNOPQRST
  .1・−−−−−−−−−−−−−−−−−・
  .2|+++++++++++++++++|
  .3|++○++++++++++++++|
  .4|++・+○+++・+++++・●+|
  .5|●+●++++++++++++++|
  .6|+++●+++++++++++++|
  .7|+○+++++++++++++++|
  .8|+++++++++++++++++|
  .9|+++++++++++++++++|
  10|++・+++++・+++++・++|
  11|++○●+++++++++++++|
  12|+●●○+++++++++++++|
  13|+++++++++++++++++|
  14|++○++++++++++++++|
  15|○○○++++++++++++++|
  16|●●○●++++・+++++○++|
  17|+○●○●++++++++++++|
  18|+●●++++++++++++++|
  19・−−−−−−−−−−−−−−−−−・

 よく考えたら、手順推測もだけど、一瞥して直ちに、盤面の配置が
しっかり頭に記憶されてしまうところが、もっとうらやましいです。

03-0089
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プロは勝敗に関係ないところは打たない例すばる03年12月02日 21:51
 終局であっても、境界を最後まで打たない例が、また出てきましたので、
紹介です。下図 N-14 のところです。

 第二期日本最強決定戦リーグ
  白 坂田栄男 (白4目勝ち)
  黒 呉 清源  コミなし
  時 昭和34年7月15日〜16日
  所 札幌市中之島「精進庵」

  黒263手 P-07まで ハマ 黒8目 白10目
  ABCDEFGHJKLMNOPQRST
 .1・−−○●●−−−●●○−−−○−○・
 .2|++○○●+++●○○○+○○●●●
 .3|+++○●●++●●●○○○●●●○
 .4|++○○○●++・+○●●●○●○○
 .5|++++●○●++++●○○○○+○
 .6○○+○○+○●++++●●●○○○○
 .7|○+○+○○●+●++●+◆○●●○
 .8○●○+○●●●●○●●●●○○●○○
 .9|●○+○+●○○○●○●+●○●●○
 10●+●○○○○○●●○○○●●●●○○
 11|●●○●●●●●○○++○●○○+|
 12|●+●●○●○○○●●●○●○+○○
 13|+●●○○○○+○●○+○●○+○|
 14|+●○○●●●●○+○+○●○○●●
 15|●+●○+●●○○○○●●●○●●|
 16●●●●●●+○+○●○○●+●●+|
 17○●○○○●+○○●●●○●+●++|
 18○○++○○●●●+●+●○●●++|
 19・−−−−○●−−−−−−−−−−−・

03-0088
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高野エッセイ高野圭介03年12月02日 10:36
碁に関するエッセイ集を「碁吉会のHP」に記載しています。
お気に召すものがあれば、ご覧下さい。

URL:http://homepage3.nifty.com/gokichikai/kounoessay.htm

よろしくお願いします。

03-0087
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ポカ対策の一つの答 > とほるさんすばる03年11月23日 20:41
 <私の宗教的体験>というホームページの著者による『単純な生活』という本
からの引用ですが、ポカ対策の答の一つに思われます。 以下引用です。


 裏自己から表自己へエネルギーを汲みあげれば汲みあげる程、私達の視野は
せばまり自縄自縛におちいる。碁打ち・将棋指しは勝とうとして力を集めると
盤面の一部しか見えなくなるし、スポーツ選手が緊張すると視野に狭窄を起こす。
 
 自己を救う道はエネルギーをシフトアップする方向にはなく、逆にシフトダウン
する方向にある。自動車のギアをトップからセカンドへ、セカンドからローへ
おろして行くように、自己のエネルギー・シフトを少しずつダウンさせて行く
のである。

 「こうあるべきだ」     と押しつけて行くかわりに
 「こうあるべきだと思う」  と一歩 後退し、
 「こうあるべきかもしれない」と二歩後退する。

 「それは間違っている」   とやっつけるかわりに
 「私ならこうするのだが」  と独語する。

 「これをせよ」       と云わないで
 「これをやってくれるか」  と命令形を依頼形に変える。

  決定事項を伝える場合にも、「こうきまったが、そちらの都合はどうか」と
  相談する形をとる。

 エネルギーをシフトダウンするということは、相手にまず態度形成を行わせ、
自分の態度決定を後回しにすることであって、これが一番聡明なエネルギー節約法
なのである。

---------------------------------------------------------------------------
【すばる感想】
  裏自己=無意識の世界、表自己=表面意識の世界。

 「勝たねばならない」→「勝てればいいな」→「面白い対局になればいいな」
  と、心の自由さを確保する意味のようです。

  最後の3行、すぐに単純攻め取りに行く私としては、複数の狙いの留保をしろ
  と読めて、なかなか意味深なものがあります。

03-0086
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ポカの原因とほる03年11月19日 14:25
 何しろポカが多く自分でもあきれてしまいます。時間がないわけではないのに。
前にハンドルネーム「ポカの三浦」さんがいらっしゃいましたが、このごろは「ポカのとほる」になりそうです。
 そのポカを少しでも減らそうとして「囲碁心理の謎を解く」文春新書 林道義著を買いました。この本によるとポカには深層心理学的な根深い原因があるそうで、それはコンプレックスに結びついているとのこと。つまり相手に対して劣等感・競争心・敵愾心などを持っていると、その相手に向かったときにはコンプレックスが刺激されて感情が誘発されてしまう。そうなると平常心を持つことができないのでカッカとしてしまい冷静な注意力が無くなる。これがポカの原因とのこと。
 このことはよく分かるのですが、ではどうしたらよいかが分かりません。
「心の働きのパターンというのは、なかなか直らないものであり、その固さをほぐして、柔軟になるためには深層心理学的な心の分析が必要である。」とも書かれていますが、これだけでは何をどうすればよいか私にはさっぱり分からないのです。
相変わらずポカが続きそうです。
( そのほかに右脳・左脳のことも論じられています。)

03-0085
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本因坊二世・算悦の囲碁大意書すばる03年11月13日 23:12
 日本囲碁大系2の冒頭に、囲碁大意書の写真が掲載されていますが、その文章
紹介が見当たらないようなので、ここに紹介しておきます。

          < 囲碁大意書 >

 凡囲碁ををさめんとならば、先づ定石石立を能く習い得て、局に対し一手も
粗略に打過ぐべからず。

 力を尽し専一位をとり、変に応じては定格をも離れ、つよくせり詰め、其所
にて勝負を決する程の心にあらずんば、地に取遅れ、位詰の負になる事あるべし。

 然れども本法の石立を以てあらあらしき手なり打にしくはなし。惣じて上手
よりはつと勢を見せ、嵩にかゝりて打ちたりとも少しも騒がず石の位を以て
自然に敵の勢を消す事と当に心得べし。

 又彼よりうたんとするに、敵はずと沈んで手を待つ事有り、ますますつよく
心許を以てうてば必ず過あるものものなり。

 すべて勝負は十目勝つべきを八目に減じたりとも慥に危き事なきを勝の専一
となす。勝なりとて心ゆるみ臆すれば思ひの外の負を取るべし。尚々其所の
緩急善悪を能く考へて打つべし。

 又石を置いて打たんに先上手の碁勢の浅薄なる方を伺ひて後其所よりせり詰め、
位を消し我石をかたくしまりて少しも動ずる心なく、紛れざるよう軽く勢を持つ
事一切の碁同意なり。

 敵より筋を離れて打つときは紛らはしく打来る共打つべき本手を以て打てば
其心同じき故に一局の位を得てつひに勝を得る事を志すべし。

03-0084
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今は昔の田園風景と白砂青松すばる03年11月13日 01:14
 かって私が大学生になったばかりの晩春の頃、てくてくとはじめての道を逍遥した
ことがあった。気がつくとすでに、夕暮れも過ぎてとっぷりと闇の中。丘陵地帯の
とある四つ角、見渡すかぎりの田んぼの風景の上には、おぼろ月と山かげの連なりが
あった。

 電灯の下に浮かびあがるバス停には、アベックがいた。「ここは何という所です
か?」と聞くと、うら若き乙女がやさしく「七隈四ツ角ですよ」とのこと。バスの
乗り方も教えてもらって、やっと帰って来たことがあった。

 そして、数十年。ふと思い立って、なつかしのさすらい道を尋ねて行くと、途中
の森の木陰も丘陵も消え果てて、ひたすらに住宅と商店とビルばかり。やっと辿り
ついた四つ角は、田んぼ風景はどこにもなく、殷賑を極める商店街の連なりに変貌
していた。          (;_;)

 そして今日。インターネットの記事に、博多湾の人工島に、スタジオジブリの
協力で、地価向上のために、ジブリワールドができるとのこと。
 えっ!? どのへんに人工島があるのだろうと、地図を参照して、びっくり仰天。
香椎花園のちょっと先、白砂青松の連なる香椎の浜の海に、どおぉ〜んと、思いきり
の人工島!!  漂流物を見ては、遠く異国までの波路に思いを馳せた海は、ただの
用水路になってしまった。  (;_;)

 湯島の白梅の一節、
      青い瓦斯燈 境内を 
      出れば本郷 切り通し
      あかぬ別れの 中空に
      鐘は墨絵の 上野山

 東京にはじめて出た時、おおここが湯島天神か、と喜んで来て見たら、なんと
天にも届けとばかりに、高層の大マンションが二つも、神社の屋根の向こうに
そびえたっていた。 歌の世界はどこにいった〜〜。 (^^;)

      秋深し 棋譜の時代を 懐かしむ

03-0083
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スターリングラード長良川03年11月04日 15:24
私もスターリングラードという映画をたまたまテレビで見ていました。そのなかで思いがけなくニキータ・フルシチョフ(後のソ連共産党書記長)に出会いました。彼はやや滑稽に描かれていましたが、顔つきや身振りなんかが本人そっくりで、今は昔の懐かしさと時の流れを感じさせてくれました。

03-0082
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二人のゴルゴ13の戦いすばる03年11月03日 12:21
 数日前、テレビで『スターリングラード』という戦争映画を上映中で、「えっ?
またかよ〜 」と、うんざりした気持ちで、付き合いはじめました。(^^;)

昔、ソ連はなやかなりし頃、『スターリングラード攻防戦』とか『ヨーロッパの
解放』とか、国軍総出動で製作した映画が出たことがあり、当事者が作るんだから
さぞかし素晴らしいドキュメンタリー映画だろうと期待して見たのに、どちらも
ストーリイ・ゼロで、延々と戦車の大行進が続くだけの、退屈きわまりないもの
だった経験があったからです。(;_;)

 ところがこのハリウッド映画はまったく違っていました。大量破壊戦の続く廃墟の
大都市をバックに、ソ連側の若き狙撃手バシリと、ドイツを代表する初老の狙撃手
ケーニッヒ少佐との、個人的名誉を賭けての死に至る闘争劇でした。

 見終わって、不思議な感動に包まれていました。物量作戦がすべてを決する世界
大戦の中で、なぜ、個人の技や業績が区別され、顕彰されるのか、という疑問も
ありました。

 若き狙撃手バシリは、実在の人物であり、レーニン勲章を受けた国家英雄であり、
戦後は工場長としての人生を歩み、その愛用の銃は、博物館に陳列されている。
 ということは、敵役の冷徹な合理主義者ケーニッヒ少佐も実在の人物であり、細部
の脚色はあるとしても、これは本当にあった話であり、人々の記憶にしっかりと刻み
付けられている出来事だったのだと、思いました。

 そして、この感動の出処は、個人の行動の軌跡の輝き....だと理解するようになり
ました。歴史の大海の中に呑み込まれ、消えて行く個々人の生涯。それでも、各個人
が、いついかなる時にどのような軌跡を辿ったのか、という軌跡の光芒は、他には
置き換えようのない価値の光を放って、それを知る人々の記憶に深く刻印されて、
消えることがない。

 いづれ、その記憶を留める人々も、すべて土に帰り、誰も何も知らない時代が
やって来るとしても、生きていた時、生きていた世界での光芒の価値は、否定しよう
がないものである。
 そういう眼で、この物語を思い返すと、主役の二人に限らず、その他の脇役達も
また、勲章を受けるようなものではないけれど、ぎりぎりの戦場の中で、自分という
命の光芒を放ちつつ、生きかつ死んでいく。そのひとつひとつが、いとおしい価値を
もっていました。

 そして囲碁界を振り返る時、栄光に輝くトッププロから、へぼ・スジ悪の底辺アマ
まで、様々な人間模様の光芒がある。
 絶頂期の坂田を先番で破った村上文祥を、その同時期に苦もなくひねり続けた史上
最強のアマ佐々木修氏も、囲碁しかない囲碁一筋の人生を送り、栄光の場もなく、
家族も収入もなく、老残の身を木賃宿に沈めて、....この様にしか辿りようのなかった
人生の軌跡を輝かしている。

 そしてかく言う私自身も、この様にしか辿りえなかった自分の人生だが、それゆえ
にこそ悔いもなく、囲碁を大事な人生の伴侶として、これからも、光芒・軌跡を織り
成していきたいと、思いました。

【補足】バシリ=ロシア語読み。 英語発音で読むと、ワシーリィ。

03-0081
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アイデアシン03年11月02日 00:30
大部分の方はパソコン操作にマウスを使っていると思います。ところで囲碁に限らずゲームの類では右ボタンはあまり使わないと思います。
ところがマウスに手を添えていると知らずに右ボタンを押してしまうことがよくあります。特に歳を取ってくると無意識にフラツと中指が下がってボタンを押してしまいませんか(^_^;)。まあ誤って押しても小さな操作案内画面が出るだけでゲームがパーになるようなことは無いと思いますが、この現象は結構煩わしいし常に中指や薬指を緊張させているのは疲れるものです。
そこで解決策です。実に簡単ですが右ボタンマウスボデーの可動部分の隙間に詰め物をしてしまうのです。私は1mmくらいの厚紙を小さく切って挟んでいます。これだけでもう動きませんから右ボタンを気にすることなく左ボタンだけに専念できます。
ひとつお試しください。


03-0080
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教育勅語と教育基本法長良川03年10月31日 14:13
"教育勅語の現代版を" という、とほる様の書き込みに関し、参考までに現行の教育基本法の条文および教育勅語の原文がどのようになっているかを以下に掲載しておきます。

<教育基本法前文>
われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

第1条(教育の目的)
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第2条(教育の方針) 
教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

<教育勅語原文>
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我ガ國軆ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣ノ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラズ又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ挙挙服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
明治二十三年十月三十日
   御名御璽

<教育勅語の訳文>
天皇ご自身がお考えになるに、天照大神以来の天皇の御始祖たちが我が日本を建国するに際し、その規模は広大で、いつまでもその基盤が揺らぐことのないようにされ、さらに、御先祖たちは身を慎み、国民を大切にして、後の徳政のお手本を示された。天皇の臣民である日本国民は、いつの時代も忠孝を尽くし、国民が心を一つにしてその美徳を発揮してきたこと、これこそが国体の最も優れた点であり、教育の大もともここに根ざしていかなければならない。

お前たち臣民は、父母に孝行し、兄弟は仲良く、夫婦も仲睦まじく、友人とは信頼しあい、礼儀を守り、自らは身を慎み、人々には博愛の心で親切にし、学業に励み、仕事を身につけ、さらに知識をひろめ才能を磨き、人格を高め、進んで公共の利益の増進を図り、社会のためになる仕事をし、いつも憲法を大事にし、法律を守り、ひとたび国家の一大事となれば、正義にかなった勇気を奮い起こし、国家・公共のために身を捧げることで、天地と共に窮まりない、天皇を戴く日本国の国運が栄えることを助けなければならない。これは、単に天皇の忠良な臣民としての行動だけでなく、御先祖の残した美風を継承することでもある。

この教えに従うことは、まさしく我が天皇の御始祖たちが残されたおさとしで、皇室の子孫も臣民も共に守るべきものであり、昔から今に至る何時の時代に実践しても間違いなく、我が国で実践しても外国で実践しても道理に反しない。自分は、臣民と共に、このことを自分自身によく言い聞かせ、その教えを守り、臣君一体となってその徳をより高めたいと願い望む。

明治二十三年十月三十日

御名御璽


03-0079
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老人党海幸彦03年10月31日 00:12
最近老人党に入党しました。インターネット上の仮想(バーチャル)政党で、なだ・いなださんがはじめたものです。Yahooで「老人党」を検索してもらえれば老人党サイトにはいれます。私も実名でここに参加し、過激に発言しています。興味のある方はどうぞ。

03-0078
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対局感想^^;縦横03年10月29日 02:07
対局して楽しい碁・・・・・・・logosさん他etc
対局して負けたくない碁敵・・・サースさん他etc^^
観戦してわくわくする碁・・・・多摩川さん他etc
観戦してドキドキする碁・・・・えとえとさん他etc
観戦して落ち込む碁???・・・棋譜保存している自分の対局

たくさんの方に打っていただき、まだまだ名前をたくさん
挙げたいのですが、以上自分の対局感想でしたm0mペコリ

03-0077
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朋あり、遠方より来たるとほる03年10月27日 22:10
子曰わく、
学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。
朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。
人知らずしてうらみず、亦た君子ならずや。

1.定石や手筋を学んで実践で応用してみる.
  たまに上手くいくことがある。飛び上がって喜んでしまう。
  でも相手が定石通りにこないときは困る。
2.囲碁の友達が遠くから訪ねてくる。わくわくするほどうれしいことだ。酒も旨い。
  囲碁倶楽部の有志のオフ会に出席するのも楽しい。
  コンピュータの前でもたもたしながら会話を打つ必要もない。
  あこがれの高段者にも会える。
3.自分は強いと思っているのだが、いつも早とちりやポカで負ける。
  そのため順位や段は上がらずに下がってしまう。
  でも良いのだ。自分が強いことを誰も認めてくれなくても。
  我が輩は君子なのだから。

03-0076
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教育勅語の現代版をとほる03年10月14日 19:59
匿名さんが書かれているように凶悪な少年犯罪が多くなっています。
この原因は複雑であり社会や家庭に原因があると言ってみても解決にはほど遠いことです。社会・学校・家庭の精神的なバックボーンが無いからです。
私の小国民時代は小学校4年で「教育勅語」を読むだけではなく書けなくてはなりませんでした。漢字が苦手な友達は毎日居残りです。教える先生も友達も泣きながら書く練習をしていました。
(今でもはっきりと思い出しますが全国の学校がこうだったのかどうかは分かりません。)
今、教育基本法を見直すというようなニュースを聞きます。でも基本法は長くてしかも一般的なことであって子どもが覚えることはできません。暗記しやすい教育勅語に変わるべき徳目を学校教育にとりいれることはできないのでしょうか。
「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ恭儉己れを持し博愛衆に及ぼし學を修め業を習ひ以て智能を啓發し徳器を成就し進て公益を廣め・・・・」ここだけとってみれば、暗記しやすい名文です。
誤解されたくないので付け加えますが私は特に右よりでもないし、懐古主義がそれほど強いわけではありません。兄は戦争でめちゃくちゃな人生になりました。叔父は北国生まれのスキーヤーだったのに南方の島で亡くなりました。右向け右は嫌いです。
でも非行の予防のためには何らかの精神的な支えが必要だと思っています。
急に碁の話
朋友相信じ恭儉己れを持していれば「暴言や逃亡」は無くなるでしょう。
また「ボケないため」という消極的理由ではなく、定石を修め手筋を習えば今以上に智能を啓発することができるでしょう。

03-0075
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最近の少年犯罪に関して私見匿名希望TT03年10月12日 22:07
 まったくの私見で、最近の少年犯罪について少し書かせてもらいます。
最近の犯罪、特に少年犯罪に関して報道内容を見る限り、重罪化、単純化してきているように思います。やはりこれには子供を取り巻く社会環境が変化してきていることが大きく影響しているように思います。核家族化、TVゲームの氾濫、幼少期の限られた人間関係。核家族化により家庭内では親と子供のみとなり、親は子育てに関しては当然素人であり、そこには子育てを終えた経験豊富でそれなりの反省をしている祖父母の存在はありません。その結果、親は子供との距離が保てないまま、感情的を子供にぶつけてしまうことになり、まったく自分を客観視することなどできません。後で気づいてもなかなか問題は改善するチャンスは得られないまま同じことを繰り返してしまうことが多いと思います。一方、子供は圧倒的な圧力を持った親の前に何もなすすべはなく、反省する暇はなく、結果としてただ恐怖感が残るのみ。親の愛情だと理解しようとし、また努力しても簡単にはうまくいかず、次の失敗を繰り返し、親の愛情の獲得に失敗ししまう。祖父母の存在は、親に対しては感情的になり過ぎている事を示唆してくれ、親の愛情を失ってしまう恐怖に慄く子供をも懐深く受けとめ、安らがせてくれる。祖父母はそんな距離の保てない親子関係の潤滑油になってくれる。TVゲームは週刊誌などでも報道されるように、バーチャルリアリティーという虚構の中で、人を傷つける痛み、傷つけられる痛み、さらには死さえも簡単にボタンひとつで再生され、実感を奪い取ってしまっている。またその子供たちは少子化により子供同士の世界に置かれる事は減り、親の監視下の中で自立するチャンスが与えられにくくなっている。子供同士の視点から感じ取った価値観ではなく、親から与えられた知識としての価値観が多くなっていく。
 ざっと思いつくままに書いてしまいましたが、いずれにしてもその善悪は別にして今の社会構造の中でこれもひとつの必然性から出た結果であるのではないかと思うのです。だとすれば我々は何をすべきか。
 親のあり方、社会のあり方は今その歪を顕在化させてきているだけなのではないか。
 今、日本はアメリカのような権利主義へと向かうことによっていろいろなことが、明確化(デジタル化と言ってもいい)されてきている。我々の生活はそれに伴って便利になってきているのは確かであるが、同時にあいまいなものが評価されにくくなっている。その最たるものは「良心」ではないかと思う。良心は裏切られやすいと高名な方の話を聞いたことがある。我々の行動規範を「損得」に置くのではなく、「良心」に置き換えるのである。そうする人が一人でも多くなれば、徐々に子供たちは学習し、少年犯罪も減っていくのではないかと考えている。
 抽象的な話で説得力はないかもしれませんが、思いつくままに書かせてもらいました。
 

03-0074
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碁というゲームの本質とほる03年09月16日 13:22
私の碁は相手の石を取りにいき、かえってこちらにほころびが出て壊滅してしまうことの連続です。たまに上手くいくことがあるのでこの癖はなかなか直りません。
直らぬのならこのままいこうかと思っていました。
ところがこの度、平本弥星氏(学生本因坊・三菱レ−ヨン・プロ棋士6段)の「囲碁の知・入門編」(集英社新書)の下記の文が目にとまりました。
自分自身の大いなる反省を込めて、一部要約をしながら掲載させていただきます。

「碁は、生物の生存競争と同じように、より良く生きようとするゲームです。
より良く生きて、相手よりもわずかでも多く同種を存在させた方が優れているというゲームです。
碁は相手を否定するゲームではありません。目的はより良い生存なので、必要のない限り相手を殺そうとはしません。相手を殺そうとするより、自分の生存を増やそうとする方が有利だからです。
ところが、人間という生物はどこかが壊れているのか、生物として合理的な行動といえない攻撃性を現すことがあります。生物としての生存を見失って、相違や対立を受容できなくなり攻撃性が潜在的に増幅されからです。
碁は本質的には共生のゲームです。しかし、人によって攻撃のゲームになります。
そして、殺そうとしては勝てないことを知ることができます。
相手の存在を認めて、相手に劣ることがないようにしっかり生存しようとする、それが碁というゲームです。」
( 私は合理的な生物ではなくどこか壊れているということです。)

03-0073
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屋島様への詫び状バルーン03年09月09日 12:30
九月四日(木)の対局中断につきまして、当欄をお借りして改めて「お詫び」を申しあげます。
当日、掲示板への書き込み後も、対局中断のタイミングのあまりにの悪さ故、メール等の私信
によるお詫びを考えたのですが(アドレス不明の為)実行出来ませんでした。
再度の対局をお願いできれば、その際にとも考えましたがこれも成りませんでした。

当方が窮地に立った途端の(停電による)エスケ−プ ---「お詫びしても信じていただけないだろうな」これが短時間の停電中に頭に浮かんだ思いです。
しかし、お詫びする事により屋島様の不快感が少しでも和らいで下さればと切に願う次第です
。言い訳がましいとお思いなるかも知れませんが、あの最悪のタイミングでの停電は事実でした。お詫びと言い訳が混在してるようで釈然としないかもしれませんが、停電と言う事実をご
説明して、悪意の「中断」では無かった事を申し上げたい次第です。

折角の対局の機会をいただきながら、不快な中断となってしまった事を、心からお詫び申し上げます。




03-0072
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才能とほる03年09月01日 11:44
私の入っているプロバイダBrobaが8月31日故障して、碁が全く打てない1日になってしまった。そのために我ながら真剣にNHKの小・中学生の囲碁優勝戦を見た。勝った方も負けた方も強い。テレビカメラの前でも堂々としている。プロの道に行く可能性は高いのだろうがこの強さはうらやましい。素人の私なりに囲碁倶楽部のランクを推測してみると、中学生は8〜9段、小学生は7〜8段ぐらいだろう。
毎年数人こんなに強い子が出てくる。神が与えてくれる才能というのは不思議で不公平なものだ。後輩に大学に行こうかプロの棋士になろうかと悩み、結局一流と言われる大学にあっさり入ったのがいた。確率的にいえばいくら難しいといわれる大学でもプロ棋士になるよりは楽だ。
今度囲碁倶楽部で解説してくれる石倉9段は東大を出てからプロになった。神は時々特定の人に二つ以上の才能を与えるときがある。その反対に私のように何の才能ももらえないのもいる。繰り返すが不公平だ。でもこの年になるまで大病したことはない。このことは神と先祖に感謝している。
才能と一口に言っても大変な努力が必要であろうが、才能に恵まれない場合はどんなに頑張っても伸びに限界がある。これは自分の経験ではっきりしている。ところがその才能がはたしてあるのか、あったとしたらどの程度なのか、または全く無いかなどがなかなか分からない。恵まれたとしても中途半端な才能では危険だ。将棋や囲碁の世界でプロになれずに去っていく人も多いと聞く。
いろいろあるから人生は面白い。
人生の終点近くなってきてから、やっと自分の才能の程度が見えてくるものらしい。でも残念ながらそのころにはもうボケが始まっている(これは自分のこと)。

03-0071
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少年犯罪とサーズ海幸彦03年08月28日 01:25
昔は猟奇事件などと表現した事件がたしかに目立つ。いま少年犯罪である。こどもは犯罪を犯さないものだーという先入観がありはしないか。大人の犯罪、凶悪犯罪、醜い犯罪、これは今も昔もあとをたたない。国による犯罪も、今も昔もあとをたたない。少年だけでない、最近だけの現象でもない、と思う。
少年がどれだけの犯罪を犯しているか、どれだけの中の子供の何人がそうした当事者になっているのか。おそらく日本には数千万人の子供がいるだろうが、おそらく大人のそれと較べたら、問題にならない数であると推察する。子供を論ずるまえになぜ大人を、現実を、論じないか。それを家庭で政治で真剣に考える風潮をつくる事で子供の教育ができるし、大人自身の教育にもなり、モラルが高まる、と思う。大人社会を変えられない大人が、子供社会を変える自信も連帯もない、それが実は問題なのではないか。私も当事者であるから「家庭教育のまえにオヤジ教育、ママ教育が必要だ」などと言える資格はないが、そういう発想は必要かなと思う。
話は飛んで「サーズ」。患者の数、死者の数、これは結核の1000分の1のオーダーであることに大分以前から私は気づいていた。こと日本国内にしてみれば100万分の1でしょう。結核は(インターネットの)資料によれば、決して過去の病気ではなく、今でも世界的に重要な伝染病であるとの認識。伝染の仕方、患者・死亡者の層、すべてサーズは結核に酷似していて、だがスケールは幸い結核に比べようもなく小さい。にも関わらずサーズだけあの騒ぎ。私の長男はこの春ちょうどサーズ騒ぎまっさかりのころ中国にボランティアに出かけて行ったけれども、私の教育のおかげ(?)で、そのときマスクをつけずに関空から飛んで行った。(関空でまわりの様子をみて長男は大分びびったようだが。)かように現代の情報はあてにならない。情報が商業化しているだけに、あてにならないことが多い。昔は流言飛語、というのがあったらしいが、やはりこれも今も昔も変わらない。人間社会は1000年2000年かわってない。変わらないのは佐賀だけでない!

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没入の一つの例すばる03年08月14日 01:27
 以前の職場で、昼休みと午後5時以降に、みんなで麻雀のようなブリッジゲーム
に興じていた時期がありました。社員食堂の食券を賭けて、みんなで燃え熾って
いました。ルールはますます過激となり、次第次第に、金の続かない負け組が脱落
して観戦オンリーにまわり、残った勝組も、ごく限られた数人へとしぼられて行き
ました。

 このとき、最終の勝残り者となった人の没入は、たいしたものでした。いつ誰が
何をした、どのカードを棄てた棄てなかった等を、全部覚えていたのです!! 
私のように「時間つぶしができればいい」などとは、没入のレベルが違っていました。

 なんであれ、没入とは、すばらしいことです。
(このルール群の生みの親であった私も、途中で振り落とされてしまいました。(;_;) )


 もうひとつ、没入の例。
 県で自称8位だか16位の、将棋の指し手がいて、同じ棋力の若い人と毎日毎日、昼休み
をがんばっていました。あるとき、指した直後に、あっと言って駒に手を伸ばそうとした
瞬間、相手の若い人の手がパッと伸びて、その腕をはじきとばしてしまいました。見事な
無心の一撃でした。

03-0069
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なぜ上達しない?経験から学べない壁すばる03年08月14日 00:44
   対局すれど対局すれど  わがへぼ碁  上達の萌しなし
        じっと手を見る  (;_;)

 ううむ、これは上達は絶望と観て、今のままで楽しむ方に、方向転換すべきかなあ
と、嘆息しながら考えてみる。小さい子は、あっと言う間に上達するというのに、
年増の自分は、まったく上達していない。(*_*) この違いはどこにあるのか?
そして思いついたのが、「経験から学ぶ力」の差!! 

 小さい子供達は、既成概念なしに眼前の出来事に熱中していくことができる。
「そんなに熱中しても、あまりたいしたことではない。ほどほどにしておかないと、
みっともないし....」のような分別なしで、今進行中の出来事に没入し、全身全霊
で打ちこむことができる。
 すると、すてきな旅の思い出のように、ひとつひとつの出来事や場面が、ありあり
と脳みその奥深く刻みつけられて、重要な財産になっていく。

 片や、大人になればなるほど、既成概念の塊と化してしまい、何をやっても、心に
刻みつけるほどの、感興も興奮も生じない。新しい体験がないために、何も学べず、
時間ばかりが空虚にすごいスピードで通り過ぎて行くようになる。(;_;)

 禅の悟りの方では、「既成概念を棄てよ、自己の枠を棄てよ、眼前および周囲の
出来事を、あるがままに受け止めそれに没入せよ」という指導がある。
 すると、その結果の一つとして、時の経つのも忘れ、食事の時間も忘れて、すべて
の仕事に没入できるようになる。この時の業務効率と業務の達成の深さは、通常の
場合の数倍のものになるとか。

 囲碁の場合で言えば、眼前の対局に没入せよ、全身全霊を込めて出来事と一体化
してしまえ。そうすると、たくさんの新しい体験が生じて、脳みそへの刻印もあれ
これと深く、経験から多くの事を学べるようになるはずだ。
 対局に限らず、詰碁でも、棋譜並べでも、観戦でも、囲碁の本でも、すべて
時間をかける以上は、没入してしまえ!!

 ううむ、わかってきたような気がするけど....没入できるかな〜? (^^;)
一局の中の何回かの勝負の場面だけでも没入して、戦いの思い出と伝説を語れる
ようになりたいものだ。『闘魂----燃える囲碁日記』を少しでも書けるように、
<少しづつでも没入> を目標にして、がんばって行こう。

03-0068
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碁はやはり芸術でもある v(^_^)vすばる03年08月11日 23:22
 昔の日本画家に板倉勝麿という人がいて、碁に熱中して、「碁は芸術である」
という大著を書こうとして数年取り組み、あるときふと、「碁は所詮勝負である」
と気がついて取りやめにした....という話があります。

 もうひとつ、岩本薫先生の論が、「碁はゲームである。社会的尊敬を受ける
ようなものではない」。

 やはりそうだろうなあ....と少々がっかりしていたのですが、本日、石田章先生
の『囲碁界の真相』河出書房新社 を読んで、碁はやはり芸術でもあるという論を
読むことができて、うれしくなりました。v(^_^)v

 概略を紹介すると、
 マラソンの場合、昔に比べて技術が進化し、記録が向上した。では、囲碁が、
江戸時代・明治時代の碁に比べて、技術が進化したと言えるのか。答はNO。

 現代の碁打ちは、韓国・中国をもってきても、秀策・秀甫に及ばない。理由は、
終盤での逆転などが存在する甘さ。秀策・秀甫に匹敵しうるのは、一人、李昌鎬
のみ。終盤がすべて見えて、逆転がありえない世界の中で、序盤〜中盤を戦って
いる。

 つまり、技術の進化が認められない=芸術性の世界でもある、という結論です。

 わかりやすい例が音楽の世界。専門の音楽家の言を借りると、「モーツアルト、
ベートーベンを超える音楽家はもう出てこない」そうです。

【付記】 石田章先生の論はもちろん、囲碁=勝敗の世界と認めた上での話です。

03-0067
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劫の第3の説明すばる03年08月09日 08:27
 『正法眼蔵 巻34・仏教』の解説に、劫の説明がありましたので、紹介しておき
ます。以下、引用符を省略。

劫 ― 梵天の一日で、人間の4億3200万年。劫を表わすのに、芥子・払石の
    比喩が用いられる。

芥子劫 とは、方広40里の城の中に芥子粒を充たし、長寿の天人が3年毎に一粒を
    取り去り、遂にすべてが尽きる時間を一劫という。

払石劫 は、方広40里の大石を、天人がその軽い天衣を以て、3年に一度払拭し、
    遂にその石が摩滅するに至る時間を一劫とする。

03-0066
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少年犯罪を育てた原因・その4すばる03年08月07日 20:42
 週刊新潮8月14日21日夏季特大号から、長崎少年事件の引用です。

 係官「お父さんとお母さんに言うことはある?」
 少年「ない。お父さんにはもう会いとうない。会いとうない。
    やっぱりかわいそうだから....」
 係官「お父さんがかわいそう? お母さんは?」
 少年「お母さんは、知らん。ボクのやったことは、お母さんは、
    何も知らん、と言うもん」

>> 少年の供述からは、母親への強い不信感が感じられる。

 少年「お母さんは、それで、お父さんに ”あんたが教えたんと違う?”
    と怒るから....。
    お父さんからは、何も教わってないもん。それなのにお母さん、
    あの女は、お父さんを怒るから....。
    だから、ボクは、女になるのはイヤだったんだ」

>> 少年は、母親を ”あの女”と表現し、”だから、ボクは、女になる
>> のはイヤだったんだ”という言い方で、その嫌悪を表現している。


【感想】少年自身、母による強圧支配の被害者であり、母を怨んでいた。
    また、そのおとなしい父親もまた、勝気で男まさりの女による圧政の被害者
    であり、少年は日頃から、父親をかわいそうに思っていた。

    母が怖い → 女性が怖い → 同性の年下への性的興味 へと進むことに
    なった、と専門家の分析が紹介されていました。

03-0065
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少年犯罪を育てた原因・その3すばる03年08月04日 22:28
 長崎少年事件のその後だが、加害者少年の双親は、7月31日現在、まだ被害者
宅に謝罪に出向いていない。
 かって、連合赤軍事件の頃、息子が二人も参加していたことがわかったとき、元
小学校校長だった父は、世間への謝罪の意味で自殺までしている。自殺はよくない
ことだけれど、息子の罪が冤罪ではないと判った時点で、なぜ謝罪ができないのだ
ろう?

 また少年自身、犯行の動機・準備等になると、口をつぐんだまま。神戸少年の現在
と同じで、自分の行為への反省や、謝罪の思い、悔悟の涙はない。むしろ、自分の
自由意思を抑制する社会への反感を秘めている。

 この親にしてこの子ありの感が深い。

03-0064
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子どものうつ病とほる03年07月30日 14:29
痛ましい少年の犯罪が続発しています。
加害者の保護者(父親・母親)の責任は重大です。
このことは、すばるさん、朋ママさんのいうとおりです。
でも甘やかすとか、ちゃんとしたしつけをしないという問題のほかに
子ども達の精神状態があります。
 加害者はうつ病などの精神病の傾向があるのではないでしょうか。
 保護者の責任は、「うちの子はおかしい」ということに気づかないこ
とです。また日ごろこの子に接している親戚の人・近所の人・学校の教
師にも責任があります。
 今、「お宅のお子さんは変ですよ」とでも言えば大変な喧嘩になるで
しょう。また教師が保護者に「おかしい」と言えば人権問題などと言われ
袋だたきになります。
このために事件が続発してもそれを教訓とした対策がいっこうに進みま
せん。教師も何となく気がついていても保護者には言いません。
 この風潮が問題だと思います。
みんなが精神的健康、精神病に対する理解を持って、早期発見・治療に取
り組むことです。加害者の精神状態に早く気づき、専門家の指導や投薬を
受けていれば痛ましい事件の何割かは確実に防げるはずです。
 北海道大学病院精神神経科では文科省の研究費により、札幌市内の小・
中学校や保護者の協力を得て、5000人に抑うつ傾向の調査をすると報道され
ています。前にはこんな調査はできませんでした。しようとしても保護者の
強い反対がありました。保護者の意識も少し変わってきたようです。
 やっと一歩前に出ました。この研究の発表を待ちたいと思います。もしか
したら100人ぐらい精密検査が必要な子が出現するかもしれません。
 この囲碁倶楽部の会員の中に精神科の医師がおられると思います。
 碁を離れて恐縮ですがご意見をお聞きしたいと思います。

03-0062
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少年犯罪=父親も共同責任すばる03年07月28日 21:43
 ついつい、「バカ母」批判に重点がいき、共同責任ある「バカ父」糾弾が、おろそか
になったことを、深くおわびいたします。  m(..)m ペコリ

 ある夏の朝、妻が実家の外の掃き掃除をしていました。そこに観光客の車が止まって、
小休止。空きカンだのゴミだのを、実家の向かい側にある診療所の出入り口に、棄て
始めました。妻が、ゴミをすてはじめた若い奥さんに注意をしたのですが、知らぬ振り
のまま、さらに棄てる。運転席には旦那が乗っていましたが、聞こえぬ振り。後部座席
には幼稚園くらいの女の子が二人いました。

 そして、棄てるだけ棄てると、立ち去っていきました。この双親から、どんな子供が
育つのかと思うと、唖然としました。
 学校が悪い、地域社会が悪いの論がありますが、何よりも先に、社会道徳を尊重する
ような家庭の確立が必要だと思います。そして、そのような家庭を作り、そのような
子供を育てるのは、父親と母親の共同責任です。

03-0061
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父親の責任は何処にいったのでしょう!?朋ママ  03年07月28日 14:50
囲碁倶楽部ではいつも朋生がお世話になっています。
子どもがお世話になっているとはいえ外部者である保護者の私がここにカキコをすることは間違いなのかもしれませんが、非難を受けても今回は母親としてコメントさせて頂きます。

私はすばる様の書き込みをいつも読まさせていただいて、囲碁に関しては深く尊敬しています。でもこの「少年犯罪・・・」だけは、そのまま受け取ることはできません。

すばる様のご指摘のように、現在子育てをしている母親たちに問題があることは、同じ母親としておつき合いしている私も常々感じていることではあります。そういう母親たちを批判するよりも私は「人の振り見て我が振り直せ」と、反面教師にしているだけでなく「この母親たちは、どうしてこういう行動をするのだろう?」と考えながら生活しています。

少年犯罪が起こる度に「この少年の親は?」と、いうことが話題になりますが、「父親の不在」の指摘はあっても、非難を受けるのは「母親ばかり」のケースが多いのはなぜなのでしょうか?私は子育ての責任をまず「母親だけに求める」この社会のシステムそのものが間違っていると思います。子育ては父親と母親が力を合わせてする以上責任だって両方にあるはずです。子どもとの接触時間が母親の方が長いから母親の責任の方が問われてしかるべき・・・の風潮こそが「少年犯罪」を生み出す元凶だと私は指摘させていただきたいと思います。

犯罪を犯した子どもの母親に責任がないと言いたいのではありません。犯罪は犯人が子どもであれ大人であれ犯した本人の責任です。そして、その犯罪が起きた土壌として父親も母親も社会も平等に責任を負わなければならないのではないでしょうか?母親一人に責任を押しつけて「あの母親が悪かったからこんな犯罪になったのだ」と、社会全体で言ってる限り少年犯罪はなくならないと思います。この社会の構成員として一人一人が責任を自覚していれば、たとえ少年であっても犯罪を起こすことはそんなにないはずです。けれども現実には家庭という基盤で「父親の責任無自覚」があります。昔の父親には家長としての責任感がありました。でも今はありません。

では何が今、大切なのでしょうか!?
それは、パートナーシップだと私は思っています。。
囲碁は白黒一手づつ打ち進めていくから、相手の立場を考えて打つことが重要になっていると思うのですが、家庭では父親が「自分は働いて30手打った。だから後は母親の君が100手打って勝てて当たり前だろ」と、言ってるのも同然の状態が多いのです。都合良く黒が30手打った後で白に100手続けて打った方が勝てるはずだ」と、突き放された母親の孤独感孤立感が、子どもの溺愛へと姿を変えても私にはそれを責められません。私自身が夫の無責任さやワガママに苦しんでいる一人ですから・・・。でも、だからこそパートナーシップの必要性を強く訴えたいのです。パートナーシップが重要なのは夫婦間だけではありません。自分と係わる全ての人やモノにパートナーシップは必要です。共存、共栄、支え合う精神のすべてがパートナーシップの中に入っていると私は思っています。子どもとのパートナーシップを持てている大人が今の世の中にどれくらいいるのでしょうか?私がもっとたくさんの子供たちに囲碁を楽しんで欲しいと願っているのは、少なくとも対局中は相手の大人が子どもにパートナーシップを持ってくださるからです。一人の人間として認められた経験をすることは子どもにとって重要だと私は感じてます。

囲碁倶楽部の皆様、「少年犯罪は母親のせい」と言う時間があるのでしたら、近くのお子さんと真剣な囲碁を一局お願いします。嫌がる子どもに無理強いはいけませんが、何度も対局していくうちに子どもが確実に変わっていくのがわかるはずです。一手の重みを教えることは社会における自分の責任を自覚することにつながっていき、犯罪防止にもなっていくことと思います。第一、楽しいことがある時は子どもは悪いことはしません。楽しいことを妨害された時に子どもはあれたり暴れたりします。また楽しいこと大切なものが見つけられない子どもほど、犯罪への道に入ったり、閉じこもったりしているように私は感じるのですが、皆様はいかがですか?

03-0060
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少年犯罪を育てた原因・その2すばる03年07月27日 22:22
 母親の無規制・非常識がいけない、と原因指摘しましたが、写真週刊誌「 FLASH 」
8月5日号に、更に踏み込んだ説明がありましたので、要約的に紹介しておきます。

★グレートマザー(ユング心理学の元型のひとつ)

  母の密着愛が過ぎて、子供のすべてを包み込み、育てる範囲を越えて、
  少年の独立の人格を呑み込み消失させてしまう。

  その結果、思春期に至って、性的自立が妨げられ、抑圧された性欲が
  幼い子供に向かったり、性欲の代償作用として、攻撃的な衝動が動物
  虐待を生んだりする。

★父親の存在の希薄さ

  いずれの少年の家庭も、父親は真面目でおとなしく存在感が希薄。
  その一方で、気の強い母親の存在ばかりが目立つという共通項がある。
 (父権喪失・母権優位の家庭内力学....という表現でまとめられていました。)

★佐賀少年事件の傍証

 佐賀バスジャック少年も、母の溺愛の元に育った。
 バス事件の際、人質の中で、小学2年生の女の子を横に座らせ、異常に
   かわいがっていた。
 佐賀少年の母は、事件一年後、有名レストラン内で派手に明るく振舞って
   いたが、事件中迷惑をかけた少年の担任の先生と出会っても、挨拶の
   一言、おわびの一言もなしに、無視を続けた。
     ( このへんは、少年の母親の非常識の例証です。)

★長崎少年事件の傍証

 母親と少年は、手をつないで歩いていた。
 誰かが少年に話しかけても、母親がさえぎって、答えていた。
 レストランでも、母親が少年の皿に盛ってやっていた。

                   以上「 FLASH 」の要約紹介です。
---------------------------------------------------------------------
★つい先日の新聞報道

 長崎少年事件の審判が行われた日、原則として親が同席するはずなのに、
 両親とも欠席した。
   (父親は料理人の仕事で無理としても、母親が出席しないところが
    同じく非常識・無責任の例証に思われました。)

★私の妻が手伝いに行く小学校での諸問題

 「諸問題のほとんどすべてが、母親の甘やかしと無規制に原因がある」と、
  先生達が憤慨中だと、妻が夕飯のときに話してくれました。

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長生図を掲示板03-1022に記入すばる03年07月23日 01:09
長生の図を、掲示板に書きこみました。

03-0058
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「長生」についてとほる03年07月22日 10:28
 本日(7.22)の日経新聞に林海峰9段の「長生」のことが載っています。
  前を略します。

 『めったにないことで言えば、私の戦歴にある唯一の「無勝負」も、きわめ
て珍しい形だった。「長生」とよばれるもので、同じ手順を繰り返し、永遠に
終わらない形で、将棋の千日手を想像したした方がわかりやすいだろう。
93年の本因坊リーグ、小松秀樹さんとの対局だった。
「無勝負」ではコウ(お互いに石を取り返せる形)が三ヶ所できる「三コウ」が
有名だが、それでも数千局に一局と言われる。
「長生」はそれよりずっと珍しく、しかもそのときは、どちらが譲っても一目だ
けの違い。形勢に差があれば優勢な方が譲って勝負は決着したはずだが、半目勝
負のためにどちらも譲れず、結局、無勝負となった。
おそらく、数万局に一度の確率でしか起きない決着の仕方だろう。棋譜は博物館
にでも送った方がいいかもしれない。』

 お互いに半目勝負を読み切って譲らないなどプロは恐ろしいもの。私などは最後
のただの半コウが煩わしく、ろくに計算もしないで譲ってしまい半目に泣くとき
があります。(その反対もありますが)
 この博物館にでもいくらしい棋譜を何とか見ることはできないでしょうか。
 棋譜をイメージで送れる方にお願いいたします。

03-0057
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少年犯罪を育てた原因すばる03年07月17日 22:45
 長崎事件について、インターネット報道や新聞報道が出てくるけれど、本当の
原因にふれていない感じがする。介添人の弁護士が、少年心理学から読み解か
なければ、本当の説明ができないなどと言っていたが、そんな問題ではない。

 少年は幼稚園の頃から切れ易く、先生が注意を与えると、母親から「うちの
子のわがままを優先させてください」という注文がついたというところに、
原因がはっきり見えている。

 新潟監禁男も、めかけの立場の母の溺愛というか、無規制・無原則のもとで
身体だけ大きく育ってしまった。長崎少年も神戸少年も宮崎勤も、たぶんみな、
母の無規制・無良識のもとに、育ってしまっただけと思う。

 そしてこの母の無規制に気がついて、しっかり補足フォローできる父がいれば
よかったのだが、そういう見識のない父しかいなかったところに、悲劇が生まれて
いる。
 三田佳子の馬鹿息子も、あれだけの事件を起こしての逮捕当日という日に、
その父は、NHKという職場の会議を優先するという名目で、責任の場から逃げ
出している。それを通用させるとは、NHKもまた、たいした見識の集団である。

 われわれ戦後のベビーブーム世代の子供時代は、みな貧乏子沢山であり、両親
とも生活に追われて、子供を溺愛する余裕はなかった。放置された子供達は路地
にあふれて、子供達の群れの中で全身を使って遊びまくり、誰一人特別扱いの
子などいなかった。
 つまり、世界は自分中心ではまわっていないことを叩きこまれ、欲しい物が
あっても諦めるしかないことを、誰もがよくよく弁えていた。

 現在の各種少年犯罪の場合、それが殺人事件であっても、殺した本人も、
その親も、被害者の両親に一回も謝罪に出向かないし、裁判で決められた賠償金
も踏み倒すし、場合によっては、被害者宅に嫌がらせに出向くというところに、
犯罪少年だけでなく、その両親もそろって、無規制・無原則・無良識の感が
ある。

 世の中の流れがどうであれ、道徳的価値を尊重する人生をこそ、生きていきたい
ものだと思わされました。

03-0056
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そういうことだったの?ゲルニカ03年07月07日 18:00
了解しました。コメントありがとうございました。

03-0055
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オフ会と言うから‥匿名03年07月09日 11:23
です‥。

03-0054
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オフ会開催の情報は?ゲルニカ03年07月07日 03:28
すばるさんのお話では6月29日にオフ会が催されたとのことですが、開催の募集はいつごろなされたのでしょうか?

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石川忠久先生の漢文講義の名調子すばる03年07月06日 11:55
 ふとラヂオを聞くと、石川先生の名調子。一声、二声を聞くだけで、ああ、
いつもながらの名調子、石川先生の声だな、と音痴の私でもすぐわかる。一声
一声が、いかにも楽しそうで、「こんなに楽しい世界はないよ、みなさんも
ごいっしょにどうですか」と、桃仙境に酔いしれている風情です。

 正法眼蔵の中に、「蓮華が花開き実を結ぶように、草花に限らず、枯木でも
人でも動物でも、金銀銅や石でも、地水火風空もみな、花開き実を結ぶ時を
もっており、それもまた、一定の季節に限ったことではなく、時々刻々、花開き
実を結ぶ瞬間の連続である」という、お釈迦様のお言葉の紹介がありました。

 三昧境に遊ぶ石川先生の境地こそ、この時々刻々、花開き実を結ぶ瞬間の連続
という実例にぴたり。

 われわれのへぼ碁もまた、一瞬一瞬一石一石が、この楽しい三昧境であり、
人生の中での、花開き実を結ぶその時でありたいと、思いました。
  ( たとえ、体験者に圧勝の局をトンズラされても、です。 (^^;) )


追記:妻から「ラジオを聴いてるのは、あたしでしょ!! それにラヂオなんて、
   何、気取ってんのよ!」と叱られました。

03-0052
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新宿・天元碁会での達人芸すばる03年07月09日 19:50
 昨日は、オフ会を催していただき、おかげ様で楽しい一日をすごすことができ、
幹事の方、ありがとうございました。
                       m(..)m ペコリ

 前回の有馬温泉碁会では、信安七段の局面一手一手の狙いと策戦解説に、ふむふむ
なるほどと、たいへん興味深く聞き入り、今回は、俊郎八段と多摩川八段の名局に、
またまた、眼からうろこの思いでした。 v(^_^)v

 白番・俊郎先生は老いてなお、意気軒昂。韓国仕込みの荒業を繰り出して、盤面
全体をにらんでの、けれん味の大立ち回り。
 かたや、黒番・多摩川先生は、ドクターストップで「碁を打つなら読むな」と条件
つきの身ながら、一瞬の妙感ますます冴えて、自在の大捌き。

 両者、丁々発止の連続で迎えた最後の中盤戦。残っていた一隅は、白が先着して
おり、遠く四周は、白壁の連続。そっくり盤面4分の1は、白のものかも、との
心配をよそに、多摩川八段は、星の外側に大壁を形成していく。

 早く壁から二間に跳んで、眼作りを急がなければ、壁全滅の見本では、と気をもん
でも、一向に二間に跳んだりはしない。はて、どうするつもりかと見守っていると、
なんと、遠く離れた白壁の薄みに狙いをつけて、分断戦を開始。
 結果、中央の白数子を取りこんで、黒壁が完成。すると、危うげに見えた星の外壁
と連動して、一気に黒の大勢力圏が出来あがる!!

 棋理にいはく、
 「壁の方から地を作る真似はするな。壁は、壁の反対側からの大攻めに使え」

 ううむ、達人は一挙一動作、棋理に違うことがないもんだ、と感じ入った次第
です。 ( 読まずの多摩川、読めずのすばるをうならす。(^^;) )

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道元禅師『正法眼蔵』に碁のたとえありすばる03年06月28日 20:06
 道元禅師は、曹洞宗の開祖であり、1200年〜1253年没で、鎌倉前期の
人ですが、その著『正法眼蔵』巻6・行仏威儀の第23章に、碁のたとえが出て
きました。

> 一著落在に蔵身露角なるか。
 (碁になぞらえれば、一つの落手のなかに全局の判断が露呈しているのか)

 道元禅師は、只管打座の勧めのもとに、詩歌であれ、囲碁将棋であれ、場合
によっては、読書ですら、悟りの修行のさまたげとして、退けた人なので、
まさか碁のたとえが、主著の中に登場してくるとは、思いもしませんでした。
 退けているわりには、高段者のような、なかなか深いたとえです。(^^;)

 ただし、本人は、退けながらも、漢詩を作り、一大著述をものした人なので、
修行もやれば、その他もやってしまうという天才でした。『正法眼蔵』自体が、
宗教哲学の本という以上に、躍動する韻文にあふれており、日本文学の高い
水準を示すものとなっています。

 巻1・現成公按(げんじょうこうあん)の第3章から、有名な一文を紹介して
おきます。

> 仏道、もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。
> しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜に散り、草は棄嫌におふる
> のみなり。

 (宇宙の存在原理は物質的次元を超越したものであり、それゆえに、すべての
  現象が存在し、色即是空、空即是色という諸行無常の流れの中にある。
  そのようであるとはいえ、愛し惜しむ心があるからこそ、花は散り、嫌う心
  があるからこそ、ますます草は生い茂る。物質的現象をはなれて、世界が
  存在しているわけではない。)

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楽しい囲碁コスミ03年06月28日 13:12
 毎日「掲示板」や「サポート情報」を拝見し楽しんでおります。楽しむなどというと不謹慎かも知れませんが、いやまったく面白い。人間さまざまだなあとつくづく感じています。
 ほとんどがコンピューターの不具合や、自己の点数、ランクの不当を訴えるものですが、その気持ちは十分わかります。私自身対局ができなくなったり、勝負結果に首をかしげることがしばしばあります。しかし皆さんのメッセージを見てああ私だけじゃなかったと妙に安心したりしています。
 表示の不当を指摘する人、その訂正を求める人が後を断ちません。ハード(機械)やソフト(システム)の一時的な故障かも知れませんが、同じことがたびたび発生すればソフト面に欠陥があるかと思われますので、ぜひ鋭意改善をお願いしておきましょう。
 それはとにかく皆さんなかなかランキングや段級の向上にご執心のようです。それがゲームの醍醐味のひとつでもありましょうが、碁に取り組む真摯な姿に感心しております。
 ただ技術の最先端であるコンピューターが間違えるはずはないと思いこんでいる人もいるようですが、最先端だからこそトラブルはつきものです。全国の会員がさまざまな機種を使い、さまざまなサーバーを通じて連結しているのですから、一筋縄ではいかないじゃないでしょうか。
 機械そのものは碁のルールを知らないものだから、碁打ちの仰天するような奇怪なことも起こります。発生したトラブルはできるだけ早く修正し、今後の発生を防ぐようご当局にお願いします。
 そのようなわけで当局側を決めつけるのは少々気の毒に思いますが、そのご当局の対応を見てこれがまた面白い。丁寧に応対しているかと思うと、ある時は素っ気なく、ある時は高圧的に(ご自身はそう思っていないでしょうが)またある時は全く無視、このひとはもとお役人じゃなかったかと勘ぐったりします。(失礼、私も元公務員です) 毎日まいにち苦情ばかり受けている身も大変かとお察しします。しかしそれだけ会員が熱心にこの会に取り組んでいるわけですから、お客様は神様だと思って懇切に応対をお願いします。
 そうかと思うと対局したときの欠礼を丁重にわびている方もみえます。人柄がしのばれます。
近頃、無礼な対戦相手に対する名指し批判が問題になっているようです。たしかに思わずカッとくるような失敬な碁打ちもいます。しかし私はそのような人はそれなりの人だと無視することとしています。(私自身知らぬ間に相手に失礼しているかも知れません)
 時間切れ問題も同様です。相手がなかなか終局(または投了)しない場合はしっかりつき合ってやればいいのです。もっとも碁のエチケットやルールはしっかり身に付けてもらいたいですね。
 掲示板には自分だけ解って他人には意味が通じない文も見受けられます。またスペルの間違った語句も割と多い。これは憤慨のあまり書きなぐったためか、キー操作に不慣れなためでしょうか。
 ひと頃碁に全く関係のない私事を書き込む人もいましたが、このごろ見かけなくてホッとしています。インターネットの世界ではこのような日常会話も当たり前のようですから、書いてはいけないとはいいませんが、たとえば、碁会所で仲間同士で世間話をしゃべられているようで少々気にさわりました。
 それでもその会話を楽しむ人、それを批判する人全く世の中さまざまで世間の縮図をみるようです。叱る人も案外その論争を楽しんでいるのかもしれません。
 私のような年寄り、それ以上高齢な方もたくさん見えるようですが、それぞれ研鑽に励んでいるのがうかがわれます。私といえばまことに情けないことですが、とっくに上達をあきらめています。もともと勉強と名の付くものが大嫌いでした。それでも若い頃は棋書を開いたり、プロの棋譜を眺めたりしましたが、全く頭に入りませんでした。今では達観?(居直り)して我流を貫いています。藤沢九段になぞらえるような恐れおおいことではありませんが「新手(愚手)一生」です。
 囲碁はまことにすばらしいゲームです。常に新しい発見がありしかも楽しい。研究、反省、満足、後悔、好手、ポカ、読切り、勝手読み、それぞれにその人の処世観、性格が顕れます。
 局所に捉らわれず盤を広く見て、この広大な囲碁の世界を楽しみたいと思います。
 文中失礼な点はご海容ください。今後もどんどんメールしてこの会の発展改良に役立ててください。














03-0049
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道具を大切にする心----イチローの真言すばる03年06月20日 01:51
 大リーグ1年目にして旋風を巻き起こしたイチロー選手が、シアトルの小学校
のちびっこ達を前にして、「何かに上達したいと思うなら、そのための道具を
大事にしなければいけない」と、教える場面があり、それを観ていた私は、意味は
よくわからないけど、これは真実の言葉だ、と直感したことがありました。

 そのとき、手元に3万円で買った新品の桂4寸碁盤がありました。買ってから
半年、ほとんど手入れしていませんでしたが、その日から、棋譜並べが済むと、
せっせと空拭きをする毎日に変わりました。でも「できたらやりたくない無駄な
時間だ」という、消極的な気持が続いていました。

 それから1年余、毎日毎日、碁盤の空拭きが続いていました。桂盤ながらも、
盤面、盤側、裏面と、てらてらと光る碁盤に変わっていました。
 そして今日、何気なく空拭きしながら、自分の内心の変化に、気づきました。

 碁盤磨きは、「できたらやりたくない無駄な作業」から、いつのまにか「自分の
真心をこめての作業」に変わっていました。そして、磨かれている碁盤や盤面は、
「自分の真心を発現するための、価値ある空間」に変わっていました。

 道具を大切にメンテする作業とは、その道に対する 真心、自発性、価値づけ等
をしっかりと養い育てていくプロセスだったのです。

 そして、今晩もまたパソコンの前に座って、対局にいそしむ、そこの貴方!!
上達したければ、パソコンやマウスをしっかりと空拭きするんですよ〜。 (^_^)ノ

03-0048
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丈和の偉大さ----へぼの私の憶測すばる03年06月15日 18:02
 このごろ、名人打碁大系・全18巻を入手。入手前から、その中の秀策4巻と
丈和3巻は、放出する予定でいました。秀策本は、もうひとつワンセットがある
ので、何の迷いもない。ところが、丈和本の方は、入手してから、悩みがはじまり
ました。

 そもそも、天保の暗闘で首尾よく名人碁所の地位を手に入れたところが、嫌い
でした。その陰で、林元美先生の場合は、丈和のために骨を折りながら、結局
騙されただけの結果に終って、水戸の殿様からもたびたび「八段昇段はまだか」
と催促されても、うれしい報告もできず、死んだほうがましだと涙の日々を送る
羽目に陥ります。

 幻庵因碩先生は、ついに丈和を抜きえなかった生涯を振り返って、「碁とは
運の芸である」という達観を吐いています。
 私も、そういう運はあるだろう、と軽く考えていたのですが、秀和先生の
指摘を読んでから、考え方を変えました。
 秀和先生いはく、「丈和師の方が、因碩師よりも更に妙なる境地に進んでいた。
見えている範囲が違っていたのだ」

 さらに秀策を発見したときの丈和の喜びの言葉があります。「これぞ、道策
以来の150年振りの大天才である」

 私なんぞは、ライバル太田雄蔵を抜くのにアップアップのようではどうだろう
か、と考えていたのですが、丈和先生の喜びの真意を憶測してみると、さすが
丈和先生は偉い、と思うようになりました。

「碁に強いだけなら、幾等でも天才達はいる。道策や秀策のすごさは、碁という
幾何学的勝負の合理的法則を把握して、その応用として局面操作を選択している
ところにある。」

 このような見地にまで達していたのが丈和大先生だったと思うと、品性上に
問題があったとしても、芸の上では、実に尊敬すべき達人だったということ
になり、「はて、丈和本を手元に残して、拝読させてもらう方が正解ではない
のか」と考えるようになりました。

 まあ、放出を急ぐ理由はないので、並べ終わってからの放出でもいいか、と
いうところです。

 余談ですが、かっての中国碁界の第一人者・聶衛平先生の場合、ゼイノイ女史
をいじめて追い出したという義憤があるので、やはり今もって、選集を入手する
気がおきません。(^^;) あのへんの事情は、どうだったんでしょうか?

03-0047
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碁の才能とほる03年06月15日 16:54
 養老孟司著「バカの壁」の中に次のような一節があります。
「イチロ−選手がどうしてピッチャ−の球に早く反応できるか、それは、ピッチャ−の球を見る→脳のいくつかの神経・シナプスが反応する→脳から手足の神経に命令がいく→バットを振るいう、A→B→C→Dの流れの途中をすっ飛ばしてA→Dの反応ができているからで、これは常人のできることではない。脳の中の反応をすっ飛ばすことができるのは先天的な能力である。」
 これを碁の世界で考えてみると、先天的に碁の才能のある方は、「Aと打てば→相手はBと打つ→そうしたらCと打とう→相手はDと打つだろう」などという一連の考えの途中をすっ飛ばしてA→Dが分かるではないでしょうか。常人はAからDの流れにいろいろな変化があるものですから、途中で分からなくなり霧の中に入ってしまいます。
 もちろん先天的な才能を持っている方でも、A→Dができるためには激しい訓練が必要でしょうが、常人がいくら訓練してもここに達することはできまないでしょう。
 「えとえと」さんをはじめ、この「囲碁倶楽部」の高段の方々から「先天的な能力」についてのご意見を聞かせていただきたいと思います。
 私は才能に恵まれなくとも碁を楽しんでいますからこれはこれで良いのですが。 

03-0046
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パロディ百人一首(続続)長良川03年06月04日 17:26

お互いの布石のどけきその後にしず心なく石の死ぬらん

アマの碁を振り返りみれば敗因は勝負の山に逃げしツキかも



03-0045
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若者たち囲碁点減03年06月01日 17:19
NHK総合TV番組 にんげんドキュメント

  「おれたちの転身」から

 福岡県田川の暴走族”極連会”が同名のGOKURENKAIとして、ボランテアグループで
再スタートして一年、リーダーは後輩にすべてを託して身を引いた。
「辞めても人間としての絆は切れない。これからも、彼らの一歩前を歩き、目標となれるような生き方をしたい」と語った工藤良くん。
 再スタート時にメンバー一人一人を説得して廻った彼を、最年少メンバーの一人は「正直な話
この人はバカじゃないか、頭がおかしく成ったんじゃないかと思った」と言う。
リーダーと同格の若者は「いつも悪い事をしている者が、時に良い事をすると目立つし、褒められる」「いつも良い事をしている者は、少しでも悪い事をすると、強い批判を受ける・・・」と
トツトツと現在の複雑な心境をを語る。
 再スタート時にこぼれていった最年少組の二人が強盗事件を起こした。
これからも賞賛、賛同の声や暴走族への先祖返りを狙う力など、いろいろの波に出会うであろう
彼ら。

 私はこの若者たちすべてが、いとおしい。いや、神々しいと言った方がよいかも知れない。
還暦を過ぎるこの年になった今も、彼らに学ぶ事の多きを思う。

”勝ってよし 負けてまたよし 囲碁倶楽部 デモ勝ちたしと わが腹の虫”

あ〜〜ア もっと学ばなくっちゃ! 

03-0044
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囲碁狂歌百人一首に、感謝すばる03年05月31日 12:02
いづれも楽しく拝読させてもらっております。特に長良川さんの

> 石の色は移りにけりないたずらに我が身白持ち慢心せしまに

人生の哀歓を感じました。水戸黄門のテーマソング、「後から来たのに追い越され
泣くのが嫌なら、さあ進め〜♪」を思い出しました。 (;_;)

03-0043
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パロディ烏鷺烏鷺百人一首(その4)関野(H.N コスミ)03年05月31日 11:37
 思いきりキレば命はあるものを        思ひわびさても命はあるものを
   「オキ」に行っても何もならぬぞ       憂きにたへぬはなみだなりけり

 夏の夜はまだ宵の口もう一番         夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを
   もう一番とて宿借りるなり          雲のいづこに月宿るらむ
 
 うっかりのポカをハッと気付けども      うかりける人を初瀬のやまおろし
   激しく彼はいびりにきたよ          はげしかれとは祈らぬものを
 
 心にもあらぬボヤキを聞かされて       心にもあらで憂き世にながらへば
   コウをしかけられ「ヨワ」はこっちだ     こひしかるべき夜半の月かな

 白石にかせぎまくられアキ隅に        白露に風の吹きしく秋の野は
   打ち込んでみて玉と散るまで         つらぬきとめぬ玉ぞ散りける

 アマチュアの苦悶の棋譜ぞFDに       天津風雲のかよひ路吹きとぢよ
   この勝ち姿しばしとどめん          をとめの姿しばしとどめむ

 ねじり合いは見ても勝負が解らない      めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに
   黒は相手の弱みツケこむ           雲がくれにし夜半の月かげ

 アンリャマア今ごろ三三打ってきて      有馬山いなの笹原風ふけば
   以前もひと目だったを忘れたか        いでそよ人を忘れやはする

 小倉さんミットモないが心あらば       小倉山峰のもみぢ葉心あらば
   いまひとたびの「待った」許して       いまひとたびの御幸またなむ
  
 哀れとも言うべき碁にはなり果てて      あはれともいふべき人は思ほえで
   もういたずらにダメを打つなり        身のいたづらになりぬべきかな

 アキの来た稽古の囲碁に声をあらげ      秋の田の刈穂の庵の苫をあらみ
   わが子供の手にサジを投げつつ        わが衣手は露にぬれつつ

 だんだん苦し紛れのものがが多くなって来ました。
 パロディとは本歌取り、つまり元の構文とか文体をマネしつつ、内容的に全く違った意味を持たせたり逆転させたりするものですが、私のものは元歌の単語の音韻を似せて囲碁の用語に変えるだけのものが多く、パロディというより「もじり」と言った方がいいでしょう。
 そろそろタネも尽きましたので投了です。自分でもウマくできたもの、どうしようのないものがありましたが、頭の体操にはなりました。どなたか打ち継いで頂けたら幸いです。
 (蛇足、百人一首のパロディは古来より有名無名さまざまな人が試みております)

03-0042
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私も投稿します囲碁点減03年05月28日 18:47
優勢の中盤までは無理なれば序盤限りの勝負ともがな

天つ風上手の手筋吹き閉じよ序盤の姿しばしとどめむ

目の無くば死ぬるものとは知りながらなを恨めしき隅の石かな

負け戦終わりてわが地眺めればただカス石の3ツ残れり

敵陣に長く伸びたる我が石の切れても末に会わんとぞ思う

わが石に目になる余地も影もなしサドに追われしマゾの終盤

大石の死しての後に比ぶれば昔はものを思わざりけり
 (番外編)
負け果ててKEY (キーボード) に涙のかかる頃
     敵の心の奥ぞ知らるる   
                    
おそまつデシタ

03-0041
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続けて私も長良川03年05月26日 17:51

打ち過ぎて後手来にけらし白石に大場あげちゃう黒のムダ石

石の色は移りにけりないたずらに我が身白持ち慢心せしまに

03-0040
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パロディ烏鷺烏鷺百人一首(その3)関野03年05月26日 10:45
 誰をかも知る人ならで「碁倶楽部」の       たれをかも知る人にせむ高砂の
   会員すべて友ならなくに             松もむかしの友ならなくに

 浅知恵の俺のシノギをみすかされ         浅茅生の小野の篠原しのぶれど
   あまりにひどいみなごろしかな          あまりてなどか人の恋しき

 取り上げた碁石のハマが足りないと        音にきく高師の浜のあだなみは
   ふとんや袖を振りもこそすれ           かけじや袖のぬれもこそすれ

 しのぶれど石に出にけり我がクセは        忍れど色にでにけりわが恋は
   ものにならぬと他人(ひと)の遠吠え       ものやおもふと人の問ふまで

 夕暮れに「門田」「稲葉」も訪れて        ゆふざれば門田の稲葉おとづれて
   「芦野」「丸山」あかず碁をうつ         葦のまろやに秋風ぞふく

 心あてに打たばや打たん初対戦          こころあてに折らばや折らむ初霜の
   置碁まどわす白石の「ハネ」           置きまどはせる白菊の花

 もろともに哀れと思え負けいくさ         もろともにあはれと思へ山桜
   ザルよりほかに知る人もなし           花よりほかに知る人もなし

 「ハネル」「キル」嵐のような乱戦に       花さそふ嵐の庭の雪ならで
   振りかわりでも良い「ワカレ」なり        ふりゆくものはわが身なりけり

 投げといて「ツキ」なかったとはほざくなよ    嘆けとて月夜はものを思はする
   過去に勝ったるためしもないのに         かこちがほなるわが泪かな

 ひさかたに引き出す碁盤春の日は         ひさかたの光のどけき春の日に
   こころ静かに棋譜を並べん            しづこころなく花のちるらむ


03-0039
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ハンドルネームで負けてしまうとほる03年05月25日 21:32
高段の方には強そうなハンドルネームの方がいっぱいいます。
赤城アラシ9段、薩摩の守8段、謙信8段など・・・名前だけで圧倒されます。
また風来坊8段、俄乱坊7段など「坊」のつく方たちにもよく負けます。
この「坊」の方たちに勝つためにはこちらの名前を「武藏坊弁慶」にでもしなくては駄目でしょう。でも名前負けしそうで変更できずにいます。
トラトラ7段は大東亜戦争を戦った方でしょうか。秀甫7段には恐れいってしまいます。
名前に負けないように勇気を出すようにしているのですが思うようにいきません。
強い方がたはモット優しい名前にしてほしいのでが・・・。

03-0038
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秀策が後聖なら、太田雄蔵も後聖であるすばる03年05月18日 11:29
 もともと、前聖=本因坊道策、後聖=本因坊丈和 だったのが、明治末年あたり
から、石谷広策氏の宣伝によって、後聖=本因坊跡目秀策 という世評が定着した
ようです。

 そこで疑問なのが、秀策が当時他を圧して、一つ頭を出していたのかどうかです。
 日本囲碁大系15巻・秀策を見ると、秀策が太田雄蔵(天保四傑の筆頭)に互先の
地位まで漕ぎつけたのは、嘉永2年10月8日の対局で勝って以降であり、初顔合わせ
以来8年かかっています。
 
 嘉永6年1月から雌雄を決すべく、太田雄蔵と秀策との30番碁が催されますが、
わざわざこの催しをせざるをえなかった事自体が、二人の実力が伯仲していたことを、
物語っています。

 太田雄蔵=1807年〜1856年没、安田秀策=1829年〜1862年没と、
両者に22才もの年令差があり、好敵手としての打ち盛りをオーバーラップさせよう
とすると、嘉永元年〜嘉永5年(1848年〜1852年)あたりを想定するしか
ありません。この時、雄蔵=41才〜45才、秀策=19才〜23才であり、嘉永元年
に、雄蔵は七段に進み、秀策もまた六段に進みました。

 この5年間の打ち掛け以外の対戦成績を、秀策の側から見ての勝ち負けで並べてみま
した。△はセキです。
          黒番      白番
    嘉永元年  ○○○●    ●
      2年  ○○○○    ●●
      3年  ――――    ●
      4年  ――――    ――
      5年  ○○――    ●―

 30番碁は、この直後、嘉永6年1月に始まり、雄蔵が後半で先々先に打ち込まれ、
雄蔵白番でセキとなった23局目で終了しますが、その最初の1月〜3月の10局を
見ると、次の通りです。
          黒番      白番
    嘉永6年  ○○△○○   ●○●●●

 嘉永6年、すでに雄蔵は満46才でした。
 
 昭和の棋聖・呉清源師をひきあいに出すと、昭和14年9月の対木谷10番碁から、
昭和31年9月の対高川10番碁打ちこみ成るまで、一世を風靡していましたが、
昭和34年の対高川3連戦では、なんと3連敗。(2局目をコウの手入れ不要と解釈
すれば、白番呉清源の半目勝ちでしたが。)
 このとき、呉師45才、高川44才でした。碁は頭脳の激しいスポーツであり、
神の世界のスピードから、少し下界に降りてきつつあったようです。

 太田雄蔵の場合もまた、嘉永5年が45才。不死鳥高川師の45才限界説に従えば、
雄蔵打ち盛りの45才までの間は、ついに秀策は雄蔵を抜き去ることはできなかった。
 <秀策が後聖なら、太田雄蔵もまた後聖であった>が、結論です。しかし、天保四傑
よりも上にいた、本因坊秀和師こそが本当の後聖だったと思われます。

03-0037
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ハンドル名あれこれ2003年バージョン夢っち(k.木村)03年05月25日 09:18
ハンドル名あれこれ2003年版です。分類、区分は私の独断です。今回は本名、ハンドル名は公表されていると言うことで勝手に引用させて頂きますこと、お許し願います。
順不同として敬称は略させて頂きます。他意はございませんで暇つぶしに笑って流し読みして頂ければとおもっています。平成15年5月12日現在、師範の本名同名2名を除くとピッタリと
1000人ですから数値を一桁下げて頂くと百分率、%となります。. , 。等は一文字として
計算はしていません。

1.会員さんの所属県ベスト3

  @ 東京都    154 名
  A 神奈川県    84 名
  B 埼玉県     64 名
  以下、北海道、兵庫県、千葉県となります。逆にすくないのは福井県(2)鹿児島県、山形  県(3)、海外(1)


2.会員さんの本名ベスト5
 
  @ 佐藤さん     17 名 
  A 高橋さん     15 名 
  B 鈴木さん     12 名
  C 田中さん     11 名 
  D 小林さん     11 名


3.段級別人数

   師 範   6 名      6 級  14 名       
   十 段   1 名      7 級  12 名
   九 段   5 名      8 級   9 名
   八 段  22 名      9 級   7 名
   七 段  36 名     10 級  15 名
   六 段  74 名     11 級   1 名
   五 段  79 名     12 級   4 名
   四 段 124 名     13 級   2 名
   三 段  87 名     14 級   3 名
   二 段 103 名     15 級  10 名
   初 段 105 名     16 級   7 名
   1 級  80 名     17 級   2 名
   2 級  51 名     18 級   7 名
   3 級  43 名     19 級   1 名
   4 級  29 名     20 級  39 名
   5 級  22 名

   合計1000名、真ん中の500位は二段となります。
 

4.ハンドル名に使用されている文字構成

  @ 漢字派    357 名
  A アルファベット派  245 名
  B 各種混用派  155 名(漢字&ひらがな61名、アルファベット&数字33名など)
  C ひらがな派  149 名
  D カタカナ派   94 名
  E 数字派      0 名(前回は1名でしたが………)


5.ハンドル名の文字数

   1字       32 名(全て漢字1文字でそのうち本名と関係なく命名した素敵な
                 1文字は 昴、鷹、蘭、香の4名です)
   2字      218 名 
   3字      214 名
   4字      238 名
   5字      134 名
   6字       66 名    
   7字       37 名
   8字       43 名
   9字       13 名
  10字        3 名
  11字        0 名
  12字        1 名(rakutentarou さんです)

   不明        1 名(パソコンが計算しないのだ)


6.ハンドル名最初の1文字は何?ベスト3

  k(42名) s(35名) m(33名)とアルファベット派ばかり


7.よく使われている漢字ベスト5
  
  @ 郎  41 名     
  A 碁  29 名
  B 山  19 名
  C 田  13 名
  D 小  13 名
  
  以下、三、子、星、正、石、天など

8.ハンドル名と本名の関係  

  @ ズバリ!全く同じ       8 名     
  A ズバリ!イニシャル     13 名
  B 本名の一部など関連あり  412 名
  C 本名との関連性不明    491 名      
  D 囲碁用語引用        76 名

    合 計         1000 名

  多いのは、人気キャラクター、ヒーロー、ペット、動物、植物、地名、趣味、あだ名など
  変わり種は、歌のタイトル、勤務会社名、銘酒、生前戒名など


9.よく使われている敬称

  ちゃん(32名) さん(18名) くん(7名) chan(5名)ほか


10.統計から見た想定ポピュラーなハンドル名

  男性会員なら  碁郎ちゃん
  女性会員なら  k小星姫


これ以降は家族で遊びながら考えました(^o^)、ハンドル名、無断使用申し訳ありません。
(他意はありませんのでお許し願います)

11.ドリーム対局
   前回の長文エッセ02−0032分は除外しました。

 扁平足    vs    福喜足  
 どんな足なのかなあ?

 のりパパ vs    つよパパ 
 パパ!がんばれ!!
 
 柏ハムレット  vs   千葉マリン
Jリーグ??
 
 fs2002  vs   yuki2002                       
世界選手権みたいです

 異碁迷人    vs    碁如其人
 どちらも悟りの境地では………

 ボチボチ   vs   そこそこ
 そうです、あわてない、ほどほどに………
 
 さらさら亭 vs    けやき亭
やはり和服対局でしょうか
 
 かなめ石  vs    団子石
 花より団子とはいいますが………

 青 龍     vs  厳 龍
 怖くて強そうな戦い、多分ネジリ合いですね。

 漁 師    vs  鰯 丸
 鰯丸に乗って颯爽と沖に向かう漁師さん

 かめ    vs  亀の子
 のどか………背中に乗って^^

 レタス    vs   タマネギ
 大人のレザート対決

 コーヒー   vs  BOSS
 よく売れています。飲んでいますか?サントリーのまわし者?

 東游軒 vs   マーボドーフ
 中国流の布石でしょうね?

 午後の紅茶   vs    コーヒー
 貴方はどちら派ですか?ええ!!お茶ですか………

 すみれ  vs    たんぽぽ
 強そうと言うより可愛いですね、

 山の神 vs   姫 神
 観戦は恐れ多い。神の一手が見たいですね

 バニラ   vs    トン之助
 ネコちゃんvsワンちゃんのペット対局

 帽子カブール  vs     競艇さん
 大穴の予感
 
 大勢屋 vs   喜多屋
呉服屋さんですか?やっぱり違いますか………
 
 太公望    vs  はまちゃん
 釣りバカファン必見!

 トゲゾー    vs  ゴマゾウ
 何かヤンチャな感じ

 越後八海山   vs    八咫烏
 飲むか飲まれるか銘酒日本一決定戦!

 ソノエース  vs  ゴヘタスキー
 そろそろダービーですか?

 松 風    vs 青 龍
横綱対決!行司は「ハッケヨイ」さんです
 
栄信坊     vs 常念坊
 本因坊より強そうです

 
 前掲載は………

 多摩川     vs   長良川

 武 蔵     vs   小次郎

 寝太郎     vs   いねむり姫

 殿 様     vs   お姫様

 風天N     vs   寅次郎
 
 などなど………

12.囲碁倶楽部、銘酒を愛する会のメンバー

 空            愛知県産
 誠            佐賀県産
 大和川          福島県産
 八咫烏(やたけがらす)  奈良県産
 四国三郎         徳島県産
 太公望          岐阜県産
 越後八海山        新潟県産
 日本海          新潟県産
 

13.囲碁倶楽部乗馬会のメンバー

 ○ ソノエース     手堅く、なかなか負けない
 △ ランナー      実力あり
 ◎ トゲゾー      最近急上昇で一番人気
 注 マツゴロー
 … ヤブレッカベ
 … タナピー
 … アポロン
 … ゴーゴー
 … リンタロウ
 … サラベス
 ▲ ゴヘタスキー    勝負強い、ここ一番なら……
 … スラムダンク    大穴なら………


14.囲碁倶楽部相撲部のメンバー

 横綱   松風
      青龍
 大関   無双
      禅寺丸
 関脇   久松山
      半田山
 小結   高取山
      大五郎
 前頭   皇風
      厳龍
      星洲
      韋駄天

15.囲碁倶楽部料理部の献立

 主 食      【新米】の【くり】ご飯、【海苔巻】
 おかず      【めざし】【鰯】【マーボドーフ】
          【河豚】さし、【梅干し】
 おつゆ      【はまぐり】のすまし
 レザート     【レタス】、【タマネギ】
 飲み物      【オレンジ】、【コーヒー】
 おやつ      【アンパン】、【午後の紅茶】 
 
 ちょっと変なメニューとなりました。


16.囲碁倶楽部、同名さん大集合!!

  俊郎、利郎
  浩太郎、洸太郎
  りんたろう、リンタロウ
  棋生、棋聖
  すばる、昴
  たんぽぽ、タンポポ
  あじさい、アジサイ、紫陽花
  ひかる、ヒカル
  タロー、タロ、たろう
  はまちゃん、はまちやん
  M.K、 MK
  碁朱人、gosyujin
  グズミ、GUZUMI
  ヒロ、HIRO
  kazu、KAZU
  musasi、武蔵
  伸之介、信之助、新之助、真乃輔
  たか、鷹
  
  その他沢山います。


17.囲碁倶楽部、そっくりさん大集合!!

  関羽、閉羽
  nakka、naka
  ピョン子、ピョンタ
  河童、河豚
  どんぐり、くり
  グズミ、こすみ
  修、修ちゃん
  こまき、こまさ
  kouki、kokki
  三四郎、長崎三四郎
  満天星、北天星
  五つ星、三ツ星

  その他沢山います。


18.囲碁倶楽部親睦旅行の候補地

  赤 城   名月を見ながらオフ会
  薩 摩   冬はいいかも、桜島見えるのかなあ?
  多摩川   もうタマちゃんはいないのかなあ?
  関門海峡  流れが速く流局になるかも………
  千 葉   いいかもね
  厳 島   対決には丁度いい場所です
  宍道湖   ザル碁じゃなくてザルでドジョウすくいだ!
  松 島   松島〜〜の〜♪♪♪ 
  屋 島   源平合戦なのだ
  長 崎   坂から転げ落ちないよう気を付けていきましょう
  甲 斐   うん?武田信玄かな?
  佐世保   佐世保と言えば?あれ、何だっけ?
  日本海   夕日の綺麗な海でした………
  讃 岐   勿論、うどんツアーです
  越 後   田中真紀子さんどうしているのかなあ
  伊 那   北風〜小僧の〜勘太郎〜♪♪
  英彦山   あれ新潟ですか?
  岩木山   美空ひばりでいいのかなあ………
  長良川   これは五木ひろし!間違いなし!
  鎌 倉   いざ!勝負!
  東 京   関東の人は行きたくない?と言うか日帰りと言うか……
  黒 部   夏は最高!風の中のすばる♪♪〜〜つばめよ 地上の星は今何処にあるの
だろう♭♭〜〜 大好きな地上の★

  吉 野   春ならここですね
  木曽川   うん?岐阜、愛知?
  湘 南   ここは夏です!砂浜対局もいいかも

 以上、大変失礼申し上げました。

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パロディ烏鷺烏鷺百人一首(その2)関野03年05月17日 10:23
 囲碁点減さん、長良川さん拙作に御関心いただきありがとうございます。それではオダテに乗って続編をとりあえず十首。

 何はともあれこの隅はひと目ゆえ       (難波江の葦のかりねのひと夜ゆゑ
   委細つくして石ワタルべき           みをつくしてや恋わたるべき)

 ツケて見ればチットはものになるかしら    (月みれば千々にものこそかなしけれ
  我が目一つで生きにはあらねど         わが身ひとつの秋にはあらねど)

 会うことの絶えて久しい碁敵の        (逢ふことの絶へてしなくはなかなかに 
   あの「待った」さえ恨まなければ        人をもみをも恨みざらまし)

 このシチョウ我が戦略は立ちにけり      (恋すてふわが名はまだきたちにけり
   策知れぬまにこの辺に置く           人しれずこそ想ひそめしか) 

 精こめて「取り」の手筋を図れども      (夜をこめて鳥のそらねははかるとも
   読みまちがえてセキを許した          よに逢坂の関はゆるさじ)

 ひと目欲しひと目で生きなしアジもなし    (人も惜し人もうらめしあぢきなく
   喜ぶ君に「投げ」思う我            世をおもふゆゑにものおもふ身は)

 来ぬ敵を待つ身のつらさ夕めし後        (来ぬ人をまつほの浦のゆふなぎに
   「癪や、白番取り換えさいでか」        やくやもしほの身もこがれつつ)

 手を早め時間にせかれる大会碁        (瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
   負けても次に勝たんとぞ思う          われても末にあはむとぞおもふ)

 ランキング目上の相手負かしけり       (高砂の尾上のさくら咲にけり
   富山のかたき長崎で討つ            とやまの霞たたずもあらなむ)

 わが石はみな立ち枯れて死屍累々       (わが庵はみやこの辰巳しかぞすむ
   予をヘボ碁とぞ人はいうなり          よをうぢやまと人はいふなり)

  この一首は長良川喜撰法師が一,二目うわ手のようです。

03-0035
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私も、パロディ百人一首長良川03年05月16日 10:31

我が囲碁は盤の片隅しかと打つ よをコリ形と人は言うなり

敵陣の囲み踏み分け逃ぐ石の 死を見る時ぞ囲碁は悲しき

負けがこみ人の碁如何にと眺むれば いずこも同じ囲碁の幕切れ

かくとだに石は瀕死のさしもぐさ さしもしらじな投げる思いを


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